ベートーヴェンの秘曲を聞く・・・4

変ホ長調のピアノ協奏曲は、5番の「皇帝」が有名である。
そしてこの曲は、小生の家に最初にやってきたLPレコードでもあった。

それまでは、ドーナッツ盤で映画音楽を聞き、ステレオ所属の見本盤で、オケのチューニングや、通俗名曲の一部を楽しんでいただけだっが、ある日母親が町に買い物に行ったついでに、レコード屋のバーゲンセールで入手してきたのが、ゼルキンとオーマンディ、フィラデルフィア管弦楽団の「皇帝」で、余白には「月光」ソナタが入っていたレコードだった。

玄関を入ると、母親は得意げに、LPの包を示しながら、「レコード買ってきた、何買ってきたか分かる?」というので、小生はちょうどその頃、学校で聴いていたハイドンの弦楽四重奏「皇帝」の二楽章がとても気に入っていたので、なんとなくそれしか浮かばなくて、「皇帝」と答えた。

そのときの母親の顔は・・まるで小生を占い師か天才少年のごとく思ったように、ビックリして「どうしてそんなことが分かるの」と甲高い声を上げるのだった。

無論小生は種明かしをしなかったから、多分母親は、そのとき小生を不思議な少年だと思ったに違いない。

偶然当てた同音異種の「皇帝」だが、あまたあるクラシック初心者の購買候補から、交響曲などではなく、よりによって、ピアノ協奏曲とは、思いがけないことであった。

従って小生のベートーヴェン体験は、「運命」でなく「皇帝」となり、後にコロムビアから出た、オイロディスク、スプラフォン等のレーベルから取られた50枚組の入門用の全集が来るまで、ピアノ協奏曲を聴いていたのだった。

親戚にクラシックファンが居るその友人は、小生が「5番のピアノ協奏曲はすばらしい曲だ」というと、その親戚の人から教え込まれたのか、「いや4番のほうがもっと凄いぞ」と、さも知ったかぶりをして言うのだった。

なんでも、遊びに行ったときに一度聞いたことがあるそうで、その存在も知らないような小生は、とても悔しい思いがしたものだった。

そんな経験を経て、ピアノ協奏曲全集をやっと入手できたのが、大学生の頃。
少なくともLP3枚に収録される全集は、高価でなかなか購入することが出来なかったが、京都の十字屋では小生の所属サークル員は、20%OFFという破格の値段になったから、なんとかグルダとホルストシュタインの全集を入手した。

今では全集の中でも、演奏会でもたまに取り上げられることがある、変ホ長調WoO.4のピアノ協奏曲は、1784/1890出版の、独奏声部のみ残存する未完の作品である。

一方ピアノ協奏曲第5番変ホ長調Op.73「皇帝(Emperor[Kaiser])」は、(1809/1811初演/1811出版)だから、25年ほど時を経ているし、ベートーヴェンの存命期間は、1770.12.16-1827.03.26だから、WoO.4はなんとベートーヴェン14歳の作品ということになる。

「皇帝」でさえ、39歳の・・・まだ若い時代の作品であることは、改めて驚くべきことだ。

1784年はというと、モーツァルトがまだ生きていた時代1756.01.27-1791.12.05にあたり、交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ(Linz)」(1783/1783初演)14番から19番の6つピアノ協奏曲を作った年に当たる。

またピアノソナタ10番~14番までがこの時期に作られている。

オペラでは、後宮からの逃走が1782年、だまされた花婿が1783年、フィガロの結婚はその2年後に作られている。

モーツァルトの活躍していた全盛期といってもいい年代に当たる。
そんな時期に、この変ホ長調WoO.4・・・協奏曲のピアノパートが作られた。

エヴァ・アンダー(P)、ペーター・ギュルケ/ベルリン室内管弦楽団の演奏で聞くこの曲は、まるでモーツァルトのピアノ協奏曲といっても過言ではないほど、モーツァルトのエキスを持っている。

オケパートが誰の手になるものかは不明だが、この演奏によると、1楽章は21番、二楽章は23番、そして終楽章は26番にも似た様な香りが漂う。

しかしカデンツァ部分には、・・・これは演奏者の技量なのか、作曲者自身のカデンツァが残されていたのか、さすがにベートーヴェン臭さが出てくるから、ベートーヴェンの作品であるという面目は保たれる。

二楽章はとてもメランコリックで美しい緩序楽章。
フルートが、そしてピアノが思いのたけの歌を歌う、思わず聞き惚れてしまうほどすばらしい曲。

終楽章になると、一変して春の陽気漂うピクニック気分の楽しい音楽となる。
プーランクがモーツァルトをトリビュートして作った作品をも髣髴させる。
中間部に出てくる短調への転調は、ベートーヴェンらしさはあるが、知らずに聞けば、この楽章をベートーヴェンの作品と思う人は居ないと思う。

ベートーヴェンにしては・・・
という接頭文句が常に付きまとうから、仕方が無いことだけれど、一つの純音楽作品として聞くならば、それはそれで十分楽しめるし、「モーツァルトには決して無い何か」(表現が難しいのだが)を、ところどころにちりばめてくれてあるから、少し変わった音のモーツァルト、あるいは多感な青少年時代のベートーヴェンの、手探り作品として聞くといいのではないだろうか。


まう。

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by noanoa1970 | 2008-04-07 10:55 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by kawazukiyoshi at 2008-04-07 17:45
面白い話ですね。
未完の協奏曲。
14歳くらいではやはり、ハイドンや、モーツアルとの影響が強いのでしょうねー。
一度聴いてみたいものです。
今日もスマイル
Commented by noanoa1970 at 2008-04-08 09:43
kawazukiyoshiさん有難うございます。
最近この秘曲も、アチコチで取り上げられる機械が増えてきたようで、今なら容易にCDが入手可能です。
聞いてみて感想を聞かせください。