Sally in Our Alley

「横丁のサリー」はスコットランドの古い民謡である。
ノッポになったり、時には魔法使いにもなるこのサリーという名称は、イングランドでは一般的な女性の名前のようだ。

Alley:アレイを横丁(町)と訳すのは、なかなか粋で面白い。
そういえば、ガソリンアレイという歌をロッドスチュワートが歌っていた。

JAZZヴォーカルのメルトーメの有名なアルバムタイトルには、シューバートアレイというものも有る。

でも、アメリカではPOO・CORNERをプー横丁とするように、少し違うニュアンスもある。

Alleyは本来、「街区」というべきものなんだろう。

そんなことはどうでも良いことなのだが、横丁のサリーを弦楽合奏にアレンジしたフランク・ブリッジの美しい曲(1912年)を今朝聞いた。

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5分足らずの小曲だが、なかなかのものだ。
さすがにこのブリッジという作曲家、出自が弦楽奏者だけに弦楽器の能力を最大限発揮させ、表現力豊かに仕上げた。

民謡のアレンジは、ともするとオリジナルのよさだけで、その立場を保っていることが多いと思われるようなところがあるが、スタンフォードを恩師とし、ブリテンを弟子に持つという実力を、十分に感じられるような、すばらしい仕上げである。

また一つ、お気に入りの曲が増えたことに、感謝する朝だった。

何回か聞いていて、そういえばどこかで、同じようなメロディーを聞いた覚えがあったので、思いを巡らすと、かの大作曲家の手になる歌曲を思いつき、早速聴いてみると、矢張りそうであった。

それはブリテン諸島から遠く隔てたドイツのベートーヴェンその人の、
25のスコットランドの歌op.108(1815~1816)の最後の曲そのものであった。

前々から奇異に思っていたのだが、ベートーヴェンは、アイルランドそしてスコットランドの民謡の歌曲編曲を数多く行っている。

20のアイルランドの歌、、12のスコットランドの歌、そして25のと続き、各国の打穴中にも両国の歌が入っているのだ。

50曲以上もの両国・・・ブリテン諸島の歌を編曲したのは、何故だろうかとても気になることである。

スポンサーの要求だろうか、純粋な音楽的興味だったのか、オリジナルの入手はどのようにして行われたのか、など興味は尽きない。

100年前にベートーヴェンが、同じ民謡をアレンジして歌曲編曲したことを、ブリッジは知っていただろうか。

ベートーヴェンは、3拍子にアレンジして軽快な歌に仕上げているのに対し、ブリッジはシットリとした・・エレジーのように仕上げている。

恐らく原曲に近いのはベートーヴェンのように思うのだが、ブリッジは何か特別の思いを込めているかのようで、そこには彼がスコティッシュでもアイリッシュでもなく、イギリス人として、異国の民謡に馳せる思いのようなところを感じることが出来そうだ。

同じ異国人でも、遠くヨーロッパ大陸に住むベートーヴェンが、オリジナルを素直に編曲したのに対し、ブリッジがスコットランド民謡を、哀歌風に仕上げたのには、かって敵対したことへの意識が働いたものだろうか。

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    25のスコットランドの歌
       1 音楽と恋と酒
       2 日暮
       3 おお、素晴らしい時だった
       4 イスラの乙女
       5 ジェミーは優しい若者だった
       6 私の目はかすみ
       7 健やかな若者、ハイランドの若者
       8 インバーネスの愛らしい乙女
       9 恋人よ森の緑の素晴らしさを見よ
      10 思いやり
      11 おお、お前はかの若者
      12 おお、私の運命は
      13 満たせ杯を、我が友よ
      14 おお、どうして私は心楽しめよう
      15 おお、ひどい私の父
      16 この病める世をいかに
      17 おおメアリー、窓辺に来て
      18 魅惑的な女よ、さようなら
      19 おおかわいい小舟は、滑らかに漕ぎ行く
      20 いとしいジェニー
      21 ジェニーの苦しみ
      22 ハイランドの守り
      23 羊飼いの歌
      24 もう一度、私のリラよ
      25 横町のサリー

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by noanoa1970 | 2008-04-01 10:51 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)