私のラジオデイズ

その物語のストーリーも、登場する主人公などの人物の名前も定かな記憶が無いが、放送が始まるときに流れた主題歌は今も忘れない。

何時の年代だったかの記憶も不確かであるが、その薄れた記憶をどうにかたどっていくと、小学校2年の中ごろまで住んでいた、知多半島の付け根の、現在東海市にある製鉄会社の、たった3部屋しかない小さな社宅の茶の間のチャダンスの上においたラジオからであったから、昭和30年か31年の事だろうと思う。

新諸国物語「白鳥の騎士」は、それ以前の住居と同じ土地だが、もっと海岸に近い農家の離れを借りて住んでいたときだった。

製鉄会社は、海岸を埋め立てたところに作られたが、それでも全く海が見えない現在のように、大規模な埋め立てではなく、製鉄工場のすぐ左右には、まだきれいな海があり海水浴も出来たし、シャコや牡蠣、そして大きなボラも取ることが出来た。

それまで小生一人だったが、下に妹が出来て、歩いて10分の大きな農家に、もらい風呂をしなければならなかったのを不便に思ったのか、会社と小学校はかなり遠くなったが、社宅に引っ越したのだ。

子供の足で小学校までは、軽く30分はかかったが、共同浴場までは1分、集落に3つある井戸の一番近いところまで1分と、当初は水も風呂も社宅の共同施設に頼っていたのだが、前よりは相当便利となったようだ。

懐かしくなって20年ほど前に尋ねたが、海に近いところは、もうすでに跡形もなくなっていて大きな道路が南北に通っていたし、神社と池を頼りに、引越した先を尋ねると、朽ちかけたまま半分以下の数になって、今にも崩れそうな本当に小さい平屋の小屋みたいな建物がそこにあった。

その当時は、狭いながらも・・・我が家と、歌にもあるとおり、子供にとってはさして苦にもならなかったが、今思うと親子4人で暮らしたとは、到底思えないほどみすぼらしく小さかった。

そんな家の3畳ほどの茶の間のラジオの前に、夕ご飯の前後ラジオを独占した小生は、紅孔雀や笛吹き童子を聞いた後、少したって眠そうになるのをこらえながら、聞いたのが風雲黒潮丸、それだった。


「黒潮騒ぐ海越えて、風にはためく三角帆。
目指すは遠い西の国。
ルソン、アンナン、カンボジア。
遥かオランダ、イスパニア。
面舵一杯オーーオオーオーオーオ。」

少年には少し難解な話であったようで、何がなんだか分からなかったが、それでもこの勇ましい主題歌は、少年の心を熱くしたから、ラジオの前でじっと過したのである。

ネット検索してみても、映画やTVでのことばかりで、ラジオ番組のことに触れているものは殆どない状態なのが残念だ。

ラジオでこの番組を聞いていた世代は、小生より5歳から10歳上の世代・・・ちょうど非ネット世代だからなのか、学生時代の先輩や同期にコノラジオ放送のことを聴いたことがあったが、誰一人聞いたいた人がいなかった。

映画情報には、「ニッポン放送他で連続放送され、全国少年ファンに人気を得ている小沢不二夫原作の冒険時代放送劇の映画化」とあるから、昭和31年からの放送ということが分かり、年代はほぼ間違いではないこと判明した。

しかしストーリーの背景というと、関が原の戦い、小西行長の子孫、加藤清正の配下、が出てくる、豊臣の残党家臣と徳川の抗争の後日談的なもの、海洋貿易船が西へと異国を目指していくという、主題歌の歌詞から追憶していた内容とは大きく違っていた。

それでも夢若、不知火姫という登場人物の名前には心当たりがあり、懐かしさが少しよみがえったが、映画にはラジオと同じ原作を、忠実に再現したものもあるが、
そうでないものもあるので、本当のところは分からずじまいである。

新諸国物語の映画化されたものは、東映のスターたちが勢ぞろいはしていたが、いずれも小生の好みではなかった。

ラジオという想像力をたくましくさせるメディアで、好き勝手に思いをめぐらしていたものは、映像・映画というメディアによって無残にも打ち砕かれた最初の経験でもあった。

黒潮とは何のことで黒潮が騒ぐとはどんなこと・・・
ルソンとはアンナンとはどんなところ・・・・
三角帆とは一体・・・・
面舵とは何のことだろう・・・・

少年は、そんな疑問と興味にあふれながら、ラジオの前に居続けたのであった。

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by noanoa1970 | 2008-03-13 13:57 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)