クラシック音楽永仁の壷事件その2

昨年は「偽」の年であった。
しかし「偽」などは、どの世の中、何時の時代にもあるもので、たまたまそれが表面化されたに過ぎないのが昨年だったということだ。

良識の府といわれて久しい、クラシック音楽の世界にもそれらはあって、小生はかって「リパッティ」のショパンの協奏曲が実は「ステファンスカ」の演奏だったという事実と、当時その演奏を「さすがリパッティ」と賞賛し、アチコチの音楽雑誌にその音楽の評価をし、レコードの解説にも、その旨の記述をした棒音楽評論家のこと、ステファンスカの演奏であることを見破ったのが、プロではなくアマチュアの音楽愛好家であったことを書いたことがあった。

先日のこと、たまたまキューブリックの難解な映画「2001年宇宙の旅」を観ようとして、そういえば、小生がR・シュトラウスのツァラを知り、本格的に聞き始めるきっかけとなったのは、この映画を観てからだっただったということを思い出した。

1968年か69年京都のスカラ座だったかで観たが、難解な筋書きの映画でSF好きな小生の期待と違っていて、残ったものといえば、「HAL」というコンピューターの名称が「IBM」の後に・・・つまりIBMより進んだ(有名な話だが、IBMのアルファベットの一つ後の文字をなぞるとHALとなる)AI型コンピューターだということと、映像技術の凄さと、映画で使われた数々のクラシック音楽であった。

今年はカラヤン生誕100年ということで、クラシック音楽業界でも、こぞってカラヤンの残した録音を集めて売り出そうとしている。

中で小生が注目しているのは、主に1950年代後半、カラヤンがDECCAにウイーンフィルと残した「カルーショウ」プロデュースの9枚組みの全集だ。

昔から小生が一押しのベートーヴェンの7番や、ホルストの惑星、モーツァルトの後期交響曲などカラヤンを知る上で、なくてはならない録音を集めたものだ。
この時代のカラヤン、そしてウイーンフィルは、「ビロードの時代」と小生は例えるようにしている。

その中にR・シュトラウスの「ツァラトウストラはかく語りき」も収録されていて、あるCDショップの解説には、「この演奏は、キューブリックの2001年宇宙の旅」で使われた・・・」と有った。

小生は「何をいまさら・・・そんなことは百も承知のこと」それにしてもまた古い映画を持ち出して宣伝文句としたものだと、少々いぶかしげに思っていた。

小生がかってこの映画を見てすぐに購入した演奏が、カラヤンとウイーンフィルのDECCA録音で、当時は他の録音は余り市販されてなかったので、当然のように映画で使われたのはカラヤン盤であると勝手に思い込んでいたのだ。

ところが・・・そのことは小生は知らなかったのだが、有る時期、映画で使われたのは、ベームとベルリンフィル盤であるとする事実が明らかになった。

サントラ盤に収録された演奏が、ベーム盤だったことから、映画で使われた演奏はベーム盤であるということになったのがその理由だ。

しかし、事実はそうでなく、映画の中で使用されたのは、実はカラヤン盤で、そのことが明らかにされたのは、DECCAのプロデューサー「カルショウ」の伝記本「レコードはまっすぐぐに立てて」の中で、映画にカラヤンの演奏を使用する許可を求められたが、DECCAは、クレジットに何も表記しないことを条件に使用を許可したと書かれていることからだという。

事実手持ちのDVDでエンドロールを調べてみたが、他に使用された曲には、演奏者やレコード会社名が記されているにもかかわらず、ツァラには何も表記されてないことが判明した。

この裏話を後日聞いたカラヤンは、激怒したといわれているらしいが、それは至極当たり前のこと。


何より不思議なのは、何故DECCA側が、自社のレコードの最良の宣伝になりえる、異常と思えるような、表記をしない条件を出したのか、これは大いなる謎である。

一方サウンドトラック盤では、演奏者の名前を伏せたり、コッソリと違う演奏者名を付け替えたりせず、むしろ映画の中では実際に使用されなかったベームの演奏を使って、サントラ盤のみならず、全曲演奏盤をも売ろうという、積極的意思が現れている。

こうしたマーケッティング戦略、広告宣伝戦略をとったのは「ドイツグラモフォン」であった。

「2001年宇宙の旅のサウンドトラック盤で使われた、ベーム/ベルリンフィルの「ツァラ」のキャッチフレーズは、この映画を観てツァラを好きになった人、古くからのクラシックファンなどなど、あらゆる購買層にとってベームのツァラを選択させる切っ掛けとなったに違いない。

キューブリックの2001年ブームは、初公開から10年後の1970年代後半と、2001年の2つあったといわれるだけに、その時代前後にR・シュトラウスを聞き始めることになった人の中には、ベームのツァラを選択した人も、相当数いたに違いない。

このことを裏付けるように、クラシック音楽の掲示板では、ベームのツァラは、映画でキューブリックが』使用したという付加価値も、そしてドイツグラモフォンの宣伝効果も手伝って、一定の評価を得ていたのであった。

小生も実は、DVDを所有する事となってからも、難解なストーリーゆえ、何度となく観るたびに、映画の中のツァラを、何の違和感もなしに、カラヤンウイーンフィルの演奏であると、ごく自然に思い信じてきた。

ベーム盤は所有してなく、他にはカラヤンとベルリンフィル、レヴァイン、ライナーそしてジンマン盤を所有するだけだが、映画の中で使われたカラヤン・ウイーンフィル盤は、最初に出る低オルガンの、風が吹くようなざわめきの音そのもの、そして次に出るトランペットの音を聞くだけで、他の演奏者のものと大きな違いを認めることになるから、その音楽的音響的特徴だけをもってしても、カラヤンとウイーンフィルのDECCA盤であることを疑ったことがなかった。

しかしこれらのことは、VTRもDVDも無く、リピートして見聞きできなかった当時では確認することは難しく、小生が自然にそう思っていたのを確信するに至ったのも、DVDで確認出来たからであることは言うまでも無い。

しかしどう考えてもこの一連の騒動の元になったDECCAサイドの思惑、当事者カラヤン、またこの事実を知りながら結果としては徴収を騙すことになったドイツグラモフォンの老獪な戦略。

「サウンドトラックで使用されたベームのツァラ」といううたい文句は、決して嘘は言ってないし、間違いでもない。
しかし徴収の受け取り方としては「サウンドトラク=映画の中で使用された」と受け取って当然だから、映画のあの強烈なシーンと、そこで巧妙に使われた演奏と同じものを求める購買意欲はもって当然。

かくして
2001年宇宙の旅のツァラは、長い間ベームの演奏とされてきたのだった。

当時DECCAとグラモフォンはライバル会社であったが、時を経ていまや同じグループ賛歌となったことは、時代の悪戯であろうか。


それにしてもくどいようだが、何故DECCAがクレジット表記を拒否したのか。
組織がそうさせたのか、かかわった人の個人的な考えなのか・・・

カラヤンとDECCAの何らかの確執なのか。
映画制作スポンサートのかかわりなのか。

考えても推理しようとしても、謎は深まるだけだ。
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by noanoa1970 | 2008-01-21 12:58 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)