遊び心

1980年京都市美術館に1枚の水墨画が展示された。
その抽象的な画風は、展覧会に来た多くの人を、絵の前で立ち止まらせ、中には主催者にあの絵を描いた画家はどなたでしょうかナドという質問をする人もいたらしい。

その大胆なタッチ、濃淡の表現は、他に展示された水墨画が、現実味を多分に帯びていた中、奇異かつ斬新なものに見えたのだろう。

主催者は、数々のそのような質問に、ただ笑うだけで、答えることをしようとしなかった。

主催者は禅画社という水墨画の会を運営していた、京都修学院に住む小生の義父・・・つまり小生の家内の父親である。

そして話題となった絵の作者は、当時3歳の我が息子である。

修学院の実家に帰ったあるとき、陽だまりの縁側で、義父の遊び心に紙と筆を持たされて放っておかれたところ書いたものがこの作品だった。

ソの一部を切り取って、額装したものである。
説明がない限りは、小生が改めてよく眺めても、現代水墨画作家の抽象画だと思うだろう。

額装され、展覧会場の一番メインに飾られたのでは、観る人を悩ませることになった。

恐らく義父はこのような光景を予想して、そしてまたこのような結果となることを見越す余興を楽しんだに違いない。

その仕掛けに見事にはまった人はかなり多かったが、当の本人は、当たり前のようにそんなことなど全く記憶にあるはずもない。

そのような作為のないことがこの作品のよさでもある。

落款まで作ってもらって、立派に表装してあるこの作品を今見たら、どのように息子は思うのだろうか。

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by noanoa1970 | 2008-01-20 10:14 | 京都 | Comments(2)

Commented at 2008-01-20 20:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by エレガンス at 2008-01-24 00:07 x
躍動感があって素敵な作品ですね。さすがnoanoaさんのご子息(まさか誰も3歳の子だとは思いませんよね)。お祖父様も嬉しくて楽しんでいらしたでしょうね(微笑)
”作為のない良さ”も芸術の醍醐味かと思います。