千の風になって幻想曲

阪神淡路大震災が起こったのは13年前の今日のこと。
TVでも盛んに取り上げている。

しかしなぜか追悼の曲として多く耳にするのは「千の風になって」。

小生はこの曲を余り好んではいないので、「またか」という気分にさせられてしまう。

ハッキリ言ってしまうと、この曲かってどこかで聞いた曲の焼き直しのように聞こえてしまうからであることがその原因だ。

似た曲や、あるいはパクリのような曲は、数え切れないし、有る程度それは仕方ないことだろう・・・これだけ多くの楽曲が存在し、作曲する人も、過去の作品を聞いて参考にしているし、最近ではデジタル作曲が盛んで、ある曲のエキスだけをデータとし、それらをコンピュータによって、様々な形に複合あるいは融合することによって曲を作ることも出来るから、当然のようにそれらの曲は元の曲に似てきてしまう。

しかしチョット薬味として拍子やリズムを変えてしまうと、オリジナルに化けるのである。

小生はこのような曲を何曲も聴いてきた。

しかしこの「千の風になって」だけは、そのような音楽の中でも、小生が許すことが出来ない俗悪曲なのだ。

理由を簡単に言うと、使われる詩の内容と一緒になって、大震災の追悼曲としても、あるいは9.11テロの追悼に使われて、計算づくで人の心の中に土足で入り込もうとする、不逞の輩の曲だからだ。

小生が聴く限りにおいてこの曲は、最近流行のような手法・・・古今東西の心に残るメロディの数々をコンピュータに放り込んで、いいとこ取りをしたような音楽の代表選手に思えてしまう。

しかもある目的を始から持ちながら現れるのだから、非常に性質が悪いのだ。

こんなことを前から思っていたら、やはり似たようなことを思う人がいて、似ている曲の代表として1970年代だったと思うが、ポールモーリア管弦楽団で良く深夜のラジオ番組で聞いた「悲しみのソレアード」とソックリさんだという。

指摘のとおり、これは良く似ているし、オリジナルのサンタクルスアンサンブルのものは、宗教的気配を漂わせるから、雰囲気も良く似たものがある。

Daniel Sentacruz Ensemble - Soleado

さてこのSoleadoは、以下のアイルランドのキャロルにも似たところがある。

Wexford Carol — Traditional Irish Christmas Hymn

そして小生の好きな「永遠の絆」にも似ている。

Will the circle be unbroken
Johnny Cash & Nitty Gritty Dirt Band & Friends

そして「永遠の絆」を3拍子にするとあの名曲アメージンググレースになってしまう。

Leann Rimes - Amazing Grace

面白いことにベートーヴェンのピアノ協奏曲3番1楽章序奏部分に同じメロディが使われている。1分53秒あたり。
beethoven piano concerto 3, mvt 1 (1of2) - Brendel, Abbado


「千の風になって」の作曲者は不明であるそうだ。

しかし作者は、ここに挙げた曲以上のソックリさんを聞きながら、この曲を作ったのだろうことは、容易に推理可能なことだ。

これだけ話題になっているのだから「作曲者は、私です」と名乗ってもいいはずだ。
しかしいまだに不明のままだということは、やはりこの曲、誰かが古今東西の有名メロディを、器に放り入れ、ガラガラポンして出来上がったものではないだろうか。

今になっても名乗り出ないことの原因は、その作曲手法が余りよろしくない割には、有名になりすぎてしまったことにあり、作者不詳としたほうが安全だという理由ではないだろうか。

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by noanoa1970 | 2008-01-17 17:58 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(3)

Commented by drac-ob at 2008-01-19 23:37 x
以前から喉に詰まっていた感じでしたが、すっきりしました。僕もあの「「千風」(何でも略せばいいというものではありませんが)ブームは胡散臭い、うざったい、嫌な感じで一杯でした。どうも、日本人の無神論的宗教観にフィットしたのでしょうか、僕はお墓の前で泣くのが自然だし、そこに「魂が在る」と思って参っています。

余談ですが、風は千とか数えられるんか、ほんなら千三つの風もあるんとちがうか、と声を大にして言いたいです。
Commented by あいだ at 2012-08-21 16:20 x
作曲&作詞は新井満さんですよ。
作詞の題材としている詩の詩人が不明なのです。
Commented by noanoa1970 at 2012-08-29 10:36
あいださん
ご教示ありがとうございました。
小生の記憶と調査では、この歌が歌われるようになった頃は、作者の名前は伏せられていたように思いましたが・・・・