ラロは、何故鳴らされなかったか

正月のTV番組は、毎度のことだがクイズやバラエティばかり。
おまけに、いつもは登場しない人たちがここぞとばかりに登場する。
笑いの質はレベルが低いものが多いのは、今年も相変わらずだ。

そんな中、各所で話題となった「のだめカンタービレ」の欧州編を放送すると言うので、少しだけだが期待をしながら見ることにした。

作者はかなりクラシック音楽に精通しているらしいことは、なんとなく分かる・・・例えばワーグナーの指環で使われる「動機」と、ほぼ同じ効果をもたらすのが、ミルヒーだったか、ドイツ系指揮者が場面登場する前触れで必ずプロコフィエフの「ロミ・ジュリ」から2つの家のテーマが奏されるところ、演出なのかもしれないが、のだめのピアノの仕草はグレングールドを思わせるようなところがあったり、千秋には若き日のカラヤンを思わせるようなザッハリッヒなところもある。

この作者は音楽はそこそこ聴いているのだろうが、それよりも恐らくは作者は文献によって、楽曲や作者のアナリーゼ研究した形跡が見て取れるところが多々ある。

使われる曲の傾向はそれを顕著にしているようで、通俗名曲から少しコアな世界に入る入り口の楽曲はかなり網羅されていて、中には相当のクラシックファンが今まで聞き逃していたであろう楽曲もほんの少しだが挿入されているところからすると、この作者はやはり相当なひね物なのだろうと推察する。



しかしこれほど多くの楽曲が使われるが、小生が知る限りではドイツ、フランス、ロシア、東欧等の大陸ヨーロッパの作者の楽曲は多いのだが、イギリスの作者と作品となるととたんに少なくなる。

他にもあったかも知れないが、記憶にあるのはエルガーの「愛の挨拶」ぐらいだ。

このあたり、普通のクラシックファンをを脱してないところを思わせるのが可愛いところだ。

クラシック音楽を背景にするところで、少々知的な装い、そして逆行するようなギャグやパフォーマンスの連続、クラシック音楽従事者の私生活がとんでもないという逆の面白さの展開などなどで、この物語は今までのドラマやアニメのボーダーを超えた存在になったのは良く分かるというものだ。

しかし、作品の評価たるや、いたるところで高いだけに、小生は突っ込みをいれたくなってきてしまうのである。

そこで、クラシック音楽に関してのものを一つだけ上げておく。

アニメ、ドラマに突っ込みを入れてどうする?といわれればそれまでだが、割と出来がいいのと、やはりクラシック音楽が底辺に存在するものだから、そこは勘弁願いたい。

欧州編第1話
千秋が指揮者コンクール予選を通過し本戦に望み、抽選でチャイコフスキーのVn協奏曲の伴奏を引き当てる。
ライバルで、指揮者コンクールの常連、フランス人のジャンはいつも抽選を恋人の女性に引かせるが、なぜか今回は自分で引いて、ラロの「スペイン交響曲」を引き当てる。

このシーンで、原作がそうなのか、演出なのかは分からないが、フランス物が得意で、オケの色彩感を引き出すのが上手といわれていたジャンに、ラロを引き当てて仰天し慌てふためくポーズを取らせるところがある。

「スペイン交響曲」はクラシックファンであれば周知のことだが、ソナタ形式・3部形式・ロンド形式の構成を持つヴァイオリンつきの・・・いわば協奏交響曲で、通常はヴァイオリン協奏曲として通っている曲。

サンサーンス、フランク、ビゼーあたりの交響曲とほぼ同時期の色彩感あふれ、弦楽の得意なラロにしては、金管が彷徨する異国情緒有る・・・ラテン的でエキゾチックな作品である。

この作品こそは、それまでの流れで言うところの、ジャンの特質にピッタリの曲であるはずなのに、原作者や演出ではジャンがこの曲を引き当てて狼狽し、おまけに千秋のチャイコフスキーと交換してくれないか・・などといわせるのである。

小生はここに何か伏線が張られているのではないかと思い、探してみたが、いまだにそれらしきものは発見できすに終わっている。
また「のだめ」ファンの中でもクラシック通の人のブログを覗いて見ても、誰もそのことに言及している人はいなかった。

どうしてもこれは解せない
「スペイン交響曲」というだけで、ドラマの中では全く演奏されないことで先ず、懸念されるのは、これを「交響曲」だと思う人たちが少なからず存在すること。
少しでいいから演奏風景を流していただきたかった。

そうすればオケの前奏後、瞬く間にヴァイオリンの独奏が見聞きできるから誤解はされないだろうに。

このようにすぐにヴァイオリンの独奏が入ってくる協奏曲は珍しいといえるのではなかろうか。

チャイコも、ベートーヴェンも、サンサーンスもブラームスも、並み居る作者のVn協奏曲では、満を持して勿体を付けるようにヴァイオリンが登場する。

先ほど原作者の耳学問について触れたが、それはこのようなところにも現れる。
引き当てた楽曲がチャイコフスキーそしてラロ、そしてもう一人の日本人指揮者のドヴォルザークのチェロ協奏曲。

何故ドヴォルザークがVn協奏曲でないかは、恐らくその楽章の形式構成によるもの。

ソナタ形式、3部形式、ロンド形式の3つの形式を内蔵するもので統一する・・・すなわち審査員に、この3つの形式をいかに解釈するかを審査させるという、手の込んだ仕掛けがあるというものと見ることが出来る。

そしてチャイコフスキーとラロの協奏曲には、有る通説があって、それはチャイコフスキーがラロのこの楽曲を聴いた後(自分もあのような民族色豊かで、色彩感あふれる極を作りたい、といったかどうかは定かではないが)ラロに刺激されてあのニ長調 作品35を書いたという。

しかしこれはどうかな・・・この3つはイズレもニ長調の曲だから言うのではではないが、チャイコフスキーはむしろブラームスやベートーヴェンの作品に刺激を受けたのではないだろうか。
ラロの作品はニ短調だからいわば同属だが、面白いことに曲の明暗のイメージは真逆である。

短調だがラロの作品は明るく、長調と思えないほどチャイコフスキーは陰鬱なところがある。

ラロとチャイコフスキーを取り上げ、それにほぼ同じ構成のドヴォコンを加え、しかも本来なら千秋にラロを引かせ、ジャンにはチャイコを引かせるのなら、まだしもつじつま(チャイコを引き当てたジャンはビックリし、ラロを引き当てた千秋もビックリするからラロを引き当てたジャンは本来ならば諸手を上げて喜ばなくてはならないはず)

が会うのだが、どうもここでは、つじつまが錯綜してしまっていて・・・小生はオケの色彩を引き出すのが上手と思れるジャンに、敢えてチャイコを、そしてどちらかというとドイツ的な指揮法を学んだと思しき千秋に、フランス物・・ラロを演奏させたほうが面白いと思ったのだった。

原作者はあるいは演出家は、ラロの音楽の捉え方を間違えたのか、どうもこの部分に小生はヒッカカリを強く覚えるのだった。

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確認するために本日はラロ「スペイン交響曲」を聞くことにした。

この曲には去りし日の思い出があって、それは今からもう40数年以上前のこと。
フィリップスから、もうすぐ発売になる予定の見本収録の17cm盤に収録されていた一つが「スペイン交響曲」で、アルテュール・グリュミオーのヴァイオインそして指揮が当時ワルター、フルベン、トスカニーニの時代が少し過ぎたところで、小生の全く知らない・・・マヌエル・ロザンタール、そしてコンセール・ラムルー管弦楽団の最新録音というふれこみだった。

今ではとんでもないことなのだが、ロザンタールなどは知らなかった小生、きっとフランスの新人か何かだろうと勝手に思い込んで、その見本を聞いてビックリ、先ず録音が非常に良くヴァイオリンも、オケの特に金管の雄たけびが、そして出だしのダ・ダ・ダーン ダ・ダ・ダ・ダーンというラテン的なリズムに圧倒され、発売を待って入手したのがジャケットにグリュミオーの大きな顔が映ったレコードだった。

1964年のことだったと記憶するが、それから何度このレコードを聞いたことだろう。
小生の思い出のレコードの一つとなっていたが、大学3年のときに友人が持っていったきり帰ってこなかった。

それで1980年代再度入手したのが写真のもの。

さすがに録音が良かったのだろう。オーディオファイルレコードとして再発されたもの。

ジャケットも何が映っているのか・・・恐らくどこかの宮殿か寺院の建物の天井のようだと思っていたが、よくよく見ると舞姫か、貴族の女性が使うようなセンスのようなものを手に持っているのだと分かった。

今ではこの録音以上に優れたものもあるだろうが、小生はいまだにCDで入手はしていない。

逆に言えば、それだけこの音盤に思い入れがあり、そしてそれにまがう演奏の妙を聞かせてくれるからである。

大昔のケルテスの無名時代の録音を聞いたときもときにもそう感じたが、このロザンターウという指揮者は、その後ラヴェル他フランス者の数々を聞くに釣れ、あの時直感で凄い!ト思ったことが幻でなくて良かったとつくづく思う人の一人。

グリュミオーに関しては言うまでもないが、当時はリッチとグリュミオーは、若手の新進気鋭のヴィルチュオーゾヴァイオリニストであった。

作品の少ないラロには「イスの王様」というオペラが有って、この話題は過去にブログに書いたことがあるが、この伝説は「改宗」が底辺にある非常に面白いものだ。

追伸
思い出した!
モーツァルトのアヴェヴェルムコルプスが挿入されるシーンがあったが、ワザトなのかのだめに「ミサ」・・・と言わせるところがある・・・
まぁミサのようには聞こえるが、そうではないのですよ。

これって、わざと間違えさせたのでしょうか。
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by noanoa1970 | 2008-01-09 14:49 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)