クラシック音楽の中の「妖精」

ロマン派音楽には「妖精」、「魔王」、「精霊」などを題材としたものが多く存在する。

先に書いたデンマークの作曲家「ニルスゲーゼ」の「妖精の王の娘」もその一つである。

北方ゲルマン神話の「エルフ」の娘と、結婚を控えた若者の話は、ヘルダーの手で脚色され、レーヴェによって「オルフ殿」となり、ゲーテによって脚色されたものは、シューベルトによって「魔王」となった。

緑の森に住む悪魔とされる妖精たちと人間の出会い、恋愛の話である。

同じような題材はハイネによって・・・恐らくはドイツ周辺の国々の古くからの民話を取材して作られたと思われる「流刑の神々,精霊物語」ドイツ古譚に収められている「ヴィリ」となって脚色される。

ヴィクトル・ユゴー (Victor Hugo)は「東方詩集」の「幽霊」という作品に同じ題材で詩を作っている。

その内容とは、不幸にも死んでしまった、結婚を前にした若い乙女たちが 、幽霊、死霊、精霊、妖精となって夜な夜な現れ、一晩中輪になって踊り続ける。

その場面を見た旅人達をその輪の中に引きずり込んで踊り続け、ついにはその旅人達をしに至らしめる・・・そんな恐ろしく悲しい物語である。

余り知られていないが、プッチーニは、「レ・ヴィッリLe villi:妖精ヴィッリ」として同じ題材のオペラを作っている。

ヴィッリあるいはウイリー、ジゼルは、ロマン派の芸術家の間では、かなり知られた・・・有名な話であったのかもしれない。

アダン・・・この人もバレー音楽「ジゼル」以外では殆ど知られないフランスの音楽家。

小生も60年代のカラヤンVPOの演奏で聞いていただけだった。
音楽的にはフランスのウエーバーといった感じの音楽だった記憶が今でも強い。
昨日naxosで数十年ぶりに、全曲を聴いてみた。

途中で飽きるかと思って望んだのだが、そんな推測は良い方向ではずれ、CD2枚にも渡曲を一気に聴いてしまった。
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スロヴァキア放送ブラティスラヴァ交響楽団 - Slovak Radio Symphony Orchestra
アンドリュー・モグレリア - Andrew Mogrelia (指揮)
録音:5-14 April 1994. Concert Hall of Slovak Radio, Bratislava

アダンには他にも、やはりバレー音楽で Filleule des Fees :「妖精の名づけた子」あるいはJolie Fille de Gand :「ゲントの美しき娘」、「海賊」という曲がありどれもが耳に馴染む心地よい曲に仕上がっているから、音楽だけを聴いていても十分聞き応えがある。

しかし、これを死に装束を身にまとったバレリーナが踊るのを一緒に見たとしたら、どんなに・・・身震いするほど・・・ではないだろうかと想像すると、コンサートが無いかと探す自分がそこにあった。

パリ音楽院で教鞭を振るっていたというだけに、なかなかの曲を作っているのだが、残された局数は余り多くなく、殆どがバレー音楽、それに少しの声楽曲に限られるのは、彼の音楽家としての才能や評価を、その音楽の実態ほど評価されないことにつながったのであろう。

深い森の中で、輪になって踊っている女性たちを見たら、その場からすぐに逃げなさい!

そのような言い伝えがあるのに、「オルフ」はその言い伝えを守らなかった。

北欧神話と同じ題材は、ケルト神話にもスラブ神話にもあるというから、この話のルーツを探っていくと、古代の人々国々の交流関係や、キリスト教によって追いやられた古代の国の神々の正体が見えてくるのかもしれない。
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by noanoa1970 | 2007-11-24 12:06 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)