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幻の女

亡くなった西岡恭藏が作った「プカプカ」は、いまやカラオケにも有るほど有名になったブルースだが、「みなみの不演唱」と副題がついているのを知る人は少ないだろう。

この歌は彼のデビューレコード「ディランにて」に収録されるほか、数々のライブで必ず歌われてきた曲でもあった。

また様々なジャンルの様々な歌い手達によって歌われてきたことは、この曲が何かしらの魅力をかもし出すことの証拠であろう。

さて、この「プカプカ」のサブタイトルの「みなみ」とは、ある説によると、どうやらそれは、あの知る人ぞ知る伝説で幻の女「安田南』であるという。

確かにそういわれれば、「みなみ」は「南」であるし、曲中に出てくる「俺のあん子」はいつもタバコをプカプカ喫っている。

安田南はとりわけ「ピー缶」・・・缶入りの両切りのピースが好きで(濃い青の丸い缶に50本入ったピース、小生も一時お世話になった)イに地に2缶もあけたという。

彼女の小生の記憶というと、1960年代の11PM。
大橋巨泉が司会をする金曜日にゲストで出演し、JAZZスタンダードナンバーを歌っていた。

跳んでる女、異次元から来た女、周りには絶対に居そうも無い女、アブノーマルな女、どこか危険で今にも壊れてしまいそうな女、芯の強そうな女、アウトロウの女・・・そんな形容ができそうで、思春期の小生は驚きと憧れを持って、この安田南という女性とTVで対峙した。

大学時代にこのようなスタイルの・・・どこか大人ぶって、他人と違う、非常識を自分の常識とし、アンダーグラウンドな世界を良く知っていそうな、バッグにハイミナールを忍ばせている・・・・そんな女性と少なからずめぐり合ったが、安田南を超える女性にはなかなかお目にかかれなかった。

いや、ただ一人だけ居て・・それは小生が銀閣寺畔の白沙村荘に有る「お菜ところ」でバイトをしていた頃のこと、一人で現れた30前後の女性、にごり酒を注文し、客が自分ひとりだと分かると、一緒に飲もうと言う。

許可をもらって一緒に飲みだすと、その女性、「ゴダール」や「ルイマル」「トリュフォー」、そして仏象徴派の詩人達の話を延々としだした。
その頃の小生は、彼女が口にする人名や作品は殆ど知らなかったので、世の中にはこのような若さで、こんなことを良く知る女性が本当に居るものだと感心したのだった。

後にNOANOAに回想する前の洋館は、当時YUKIYAという洋酒の卸販売をやっていて、何でも彼女はそこにブランデーを買いに来たのだという。

大きな片口に3合ほどデカンタしたにごり酒は、すぐに無くなり、それでも全く変化が無いその顔に小生はただあきれるばかりで、店が終わるまで居るから、終わったらどこかもう一軒行きましょうというお誘いも断り、このえたいの知れない女性に興味を持ちつつも、なにか恐ろしげなものを感じたことがあった。

安田南はそんな・・・得体の知れない恐ろしさと女性への興味両方を味あわせてくれた女性でもあった。

小生がネットを利用し始めてからもう10年以上たつが、初期の頃「安田南」で検索しても全く何も引っかかってこなかったし、何か彼女のアルバムが出ているだろうと思い探してみたのだが、それもむなしい作業に終わっていた。

最近彼女のアルバムが復刻され、彼女についてその昔を知る人からのコメントもアチコチで見られるようになったことは喜ばしいことである。

60年代後半から70年代は、音楽界もごった煮状態で、様々なジャンルの人がライブなどで一同に会することがよくあったように思う。

中津川フォークジャンボリーに安田南が出演した話は有名で、何が有名化というと、彼女のステージが始まる直前、ステージをゲリラが占領し突然アジ演説を始めたため、彼女は歌うことが出来なくなってしまったことだ。

そのとき彼女が何を歌おうとしたのかは定かではないが、恐らくJAZZナンバーではなかっただろうと推測する。

話は前後したが、彼女は決してJAZZオンリーのシンガーではなく、ジャンルを超えた歌い手を目指すようなところがあったと思うのだ。
日本語を上手く使ってJAZZナンバーを歌ったのを聴いた記憶がどこかであり、当時のJAZZヴォーカルの第一人者笠井紀美子とは対極にあるような存在だったように思う。

山本剛というと、今では相当なJAZZピアニストだが、小生が始めて山本を聞いたのは名古屋のYAMAHAホール、岡崎のドクター内田が主催するイベントに山本、小原
が招かれて・・・その頃彼らはまだデビュー前のほんの新人に過ぎなかったが、恐らくドクター内田の目に留まったのか、彼らの演奏を聞くことが出来た。
全てスタンダードナンバーだったと覚えているが、山本のピアノの鋭いタッチから出てくる鮮烈な音が印象に残り、すぐ後にTBMから出た「ミスティ」「ガールトーク」そして「ダフォード」の音盤を入手した。

1973年ごろの話である。

その山本剛をバックニして安田南が歌ったというアルバムが復刻されているというから、これは聞きのがせられない。
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安田南「South. “Yasuda Minami Live at The ROB-ROY”」
1. グレイヴィー・ワルツ
2. バイ・バイ・ブラックバード
3. グッド・ライフ
4. チェインズ・オブ・ラヴ
5. サマー・タイム
6. イエス・サー・ザッツ・マイ・ベイビー
7. アイム・ウォーキン
8. グッド・モーニング・ハートエイク

メンバー:
安田 南(Vocal)
YAMAMOTO TSUYOSHI TRIO
・山本 剛(Piano)  
・福井五十雄(Bass)  
・小原哲次郎(Drams)  
大友義雄(alto sax)
この音盤は現在入手困難なようで、まだ手元には無いのが残念だ。


プカプカの西岡と安田の接点は、やはり70年、アングラ劇団黒テント「翼を燃やす天使たちの舞踏」公演のこと。
音楽を担当した岡林信康のメンバーに西岡も居たという。
プカプカは、その当時西岡が安田を見ていて作ったという、多分西岡も小生と同じような感触を安田に持ったのではあるまいか。

缶入り両切りピースの煙の色は独特で、薄い青い色がついた湿り気の有る煙なのだ。
とても女性が喫うタバコとは思えないところがあるのだ。

安田南が在籍した俳優座養成所にて接点のあった原田芳雄と、桃井かおりが共演した「赤い鳥逃げた」の主題曲を安田が歌っていて、これは入手可能なようだ。

音盤はもう一つ出ていたようだがこれもすでに入手困難になってしまっているから、中古を探すしかないようだ。
禁煙の標識のすぐ前で、ヤンキー封に座ってタバコを喫煙している安田南。
黒いブーツ姿でバイクに乗り込む姿の安田南。
今ではそう珍しくも無いアングルだが、当時は画期的でショッキングな写真でした。
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安田南Some Feeling

Some Feeling
Tabi Wa Michizure
Not So Bad
Kabe No Uta
Itte Shimatta Anta
Funauta
Funs No Uta
Fuman Na Onna
Oh My Lidia
Asa No Yuenchi

カタカナ語の表記と日本語で歌われる歌は、彼女の意思の象徴か。

昨今は彼女の歌を高く放火する記事が乱立しているようだが、必ずしも歌自体は上手くは無い・・・しかしアジと存在感は十分にある。

by noanoa1970 | 2007-11-12 15:18 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)