妖精の王の娘

以前北欧神話とヘルダーの「オルフ殿」、そしてゲーテと」シューベルトの「魔王」の関連性について、エントリー「ゲーテ」と「ヘルダー」「魔王雑感」にて書いた。

デンマークの作曲家「ニルス・ゲーゼ」が「妖精の王の娘」というオラトリオ風オペラに、その同じ題材を使用して作ったものを見つけて、2種類の音盤を聞いてみた。

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Anne Margrethe Dahl (ソプラノ)
Kirsten Dolberg (コントラルト)
Gert Henning-Jensen (テノール)
Sten Byriel (バス・バリトン)
Elisabeth Westenholz (ピアノ)
Tivoli Symphony Orchestra
ミハエル・シェンヴァント - Michael Schonwandt (指揮)


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Eva Johansson (ソプラノ)
Anne Gjevang (アルト)
Poul Elming (テノール)
デンマーク国立放送合唱団 - Danish National Radio Choir
デンマーク国立放送交響楽団 - Danish National Radio Symphony Orchestra
ドミトリー・キタエンコ - Dmitri Kitajenko (指揮)

「ゲーゼ」という作曲家は、メンデルスゾーン、シューマン、あたりと同年代・・・すなわちロマン主義時代の作曲家で、余り知られてないようだが、8つの交響曲、序曲オシアンの余韻、ハムレット、田舎の夏の日など作品は少ないが、ところどころ民謡風なフレーズが配されるところに特徴があり、安心して聞くことの出来るドッシリとした作風で、まるでシューマンやメンデルスゾーンを聞いているような錯覚に襲われることさえある。

明らかにかれら2人から多くを学んだように見受けられるが、彼らが異国情緒を彼らの音楽に借りてきたように、引用しているのに比べ、ゲーゼは後の国民主義的作風のように、その民族的なものを土着であるかのようにして作っているように思える節がある。

彼はまた最古のオーケストラ:メンデルソーン時代のライプチッヒゲヴァントウスス管弦楽団の副指揮者を勤め、メンデルスゾーンの後正指揮者をも引き継いだといわれる人であった。

そのような彼が「ゲーテ」「ヘルダー」が多く影響されたという北欧神話に目を付けたことは、後のワーグナーに通じるところが垣間見れるが、この時代「北欧神話」そのものに目を向けることになったのは、矢張り彼が「デンマーク」という国を背負っていたことの一つのアイデンティティであったのだろう。

「妖精の王」は「魔王」とも言われるようになる「エルフ」のことのようで、この「エルフ」の性別は明らかでない・・・というより両性の存在が認められる。
しかしキリスト教文化以前のアニミズム、自然神信仰時代の話であるから、「母系社会」と見ることは可能で、その神体は、「樫・榛」などに象徴される広葉樹林・・・食料、建築資材、など生活の必需品が、後に「鉄」の発見によって混合していき、主神「エルフ」を取り巻く神々の出現になったのではないかと想像される。

妖精の王の娘を「エルフ」の娘と仮定すると、娘の名は「スクルド」セ有る。
「スクルド」は、未来を司る運命の三女神の三女 で、あの「ワルキューレ」はその姉妹。
「エルフ」と「オーディン」の娘であろうか。

オペラの中で結婚を控えたオルフは、緑の森の中で(恐らくは馬に乗って進むうちに、エルフの輪に足を踏み入れてしまい)そこでエルフたちの踊りの光景を目にする。

エルフの娘達はその踊りの輪に加わるようにオルフを誘うが、言い伝えで「エルフの踊りに絶対に加わってはならない・・・(キリスト教によるアニミズム、自然神信仰の拒否作用)の言いつけどおり、そこから馬を走らせて一目散に緑の森を駆けくだり、結婚式の準備であわただしい屋敷の玄関前まで戻るが、力尽きて息絶えてしまう。

物語は、悪魔が何も悪いことをしない一人の青年を死に至らせしめるというものだが、この背景はキリスト教以前のアニミズム、自然神信仰のシンボルを「悪」とするダイナミークが作用している。
逆に言えば、キリスト教を信仰しなければ、このような災いが起こるということを強調したいための話のようだ。

最後にオルフは屋敷の前で倒れながら、「マリア様!」と叫ぶが、結局キリスト教によってはオルフの死は救われないのである。

ロマン主義とは、キリスト教文化によって駆逐されてしまったように見える、それ以前の宗教、文化の復権の運動であったのかもしれない。

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by noanoa1970 | 2007-11-02 10:08 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)