『Under the spreading chestnut tree』Variation&Fugue

子供の頃に誰しもが歌った、あるいは聴いたことがある「大きな栗の木の下で」。
家内は旧姓に「栗」の文字がつくので、この歌が教室で歌われる小学生のときには、皆にはやし立てられたので余り良い印象を持たないと、今でも言う。

ボーイスカウトに入っていた友達が、身振り手振りでこの歌を歌っているのを見て少し恥ずかしい気持ちになったこともある。

作者不詳、イギリスの童歌だといわれるこの曲を取り上げて、変奏曲に仕上げた人がいることを知った。

ワーグナーの「ヴェーゼンドング歌曲集」を聞くためにと思ったのだが、こちらのタイトルに、思わず目が行ってしまうことになった。

その人物はJaromír Weinberger:ワインベルガーといい、チェコの作曲家でナチスから逃れアメリカに亡命したが、やがて自殺をしてしまう悲劇の作曲家である。

彼がどんな思いで「大きな栗の木の下で」を取り上げ、恩師マックス・レーガーが得意としたように、この童謡を変奏曲に仕上げたのだろう。

その深層は知ることは出来ないが、彼の愛した子供達が・・・ボーイスカウトなどでこの歌を習って、家でも歌っていたのか?

そんなことを想像させる。

ナチスの迫害を受けて(ユダヤ系だったのかもしれない)アメリカで新しい生活を始めようとしたワインベルガーを襲ったのは脳梗塞だったという。
生活の困窮もあったのだろうが、そのような彼をほんのひと時でも和ませたのがこの童謡だったのか。

最後はフーガとなって終わるが、穏やかな作品でとても馴染みやすく出来ていて、幼い時の良い時代を偲んでいるようだ。

曲間にピアノのアルペジオが入り、だんだん原型が形をとどめなくなっていく。
ピアノは過去と現在の架け橋をする重要な役目をしているようだ。

ハープも幻想の世界に導く導入引率者の役目がある。

遠のいていく記憶のように、だんだん変貌をしていく・・・変奏曲としたのは、そんな幼い時の思い出がいまや幻となろうとしていることをあらわしたかったのだろうか。

行進曲風に再び思い出したメロディが力強く奏されるが、再びピアノによって微かな記憶へとひきもされてしまう。

最後のフーガでは、何とか元のモチーフを探そうと努力するが、それも空しいままで終わりを遂げてしまう。

もう戻ることの出来ない、幼い頃の良い時代・・・最後の最後になって、必死に思いだすようにして、やっとあのモチーフがハッキリ現れて曲が終わる。

古い童謡をモチーフにした心優しい音楽を見つけた偶然に感謝!

d0063263_113174.jpg

WAGNER Wesendonk Lieder
MAHLER Kindertotelieder
WEINBERGER Under the Spreading Chestnut Tree
Ingrid Tobiasson(MS)
Sixten Ehrling/
The Royal Swedidh Opera Orchestra
CAPRICE/CAP21661


Ingrid Tobiasson(MS)
Sixten Ehrling/
The Royal Swedidh Opera Orchestra
CAPRICE/CAP21661

[PR]

by noanoa1970 | 2007-11-01 11:34 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)