マルウォルドロンとベートーヴェン

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昨日から「レフトアローン」を何度も聞いていて、あることを思いついた。

LEFT ALONE
Billie Holiday / Mal Waldron

Where's the love that's made to fill my heart?
Where's the one from whom I'll never part?
First they hurt me, then desert me
I'm left alone, all alone

There's no house that I can call my home
There's no place from which I'll never roam
Town or city, it's a pity
I'm left alone, all alone

Seek and find they always say
But up to now it's not that way
Maybe fate has let him pass me by
Or perhaps we'll meet before I die

Hearts will open, but until then
I'm left alone, all alone

意訳
私の心を満たしてくれる愛はどこにあるの
人生をともに歩む生涯の伴侶はどこにいるの
誰もが私を傷つけ、捨て去っていった
私は残され、いつもひとりぼっち

私は自分のものだという家もないし
彷徨わずにすむような場所もない
どの街も都会でも同じことだった
私は残され、いつもひとりぼっち

探し求めてもみなが言うように
これまでその通りになったことはない
運命はきっと彼を私に近づけなかっただろう
でも、もしかしたら死ぬ前に私達は会えるかも知れない
その時まで私は貴方を待っている
私は残され、いつもひとりぼっち



レフトアローンが作られた経緯はどなたもご存知のことだと思う。
作詞は「ビリーホリデイ」自身が行い、本来自分が歌うつもりだったというが、残念ながら未完に終わってしまった。
そして、マルがビリーホリデイを偲んで作曲したというのは誰しもご存知のエピソードだ。

聞いていて小生はフトあることを想起した。
とても大胆不敵なことなのだが、「レフトアローン」は、ベートーヴェンの交響曲第5番俗称「運命」からインスパイヤーされて、マルが作ったのではなかろうかと・・・・

ビリーホリデイの詩からマルが想起したのは、I'm left alone, all aloneという、どうしようもない不条理による絶対的孤独感・・・一筋の光明を信じるも、それすらかなわないなわない・・・すなわち神にも見放されてしまったと思い込むほどとなった一人の女性の姿ではなかったろうか。

マルはそこにベートーヴェンの「運命」・・・運命がやってきて、死の扉を叩く
そのような、もがき苦しんでもどうしようもない宿命のようなものを感じたのかもしれない。

マルはベートーヴェンの「運命」交響曲の音型、そしてそのモチーフの展開を学び、ブルースに、JAZZに仕立て上げた。

しかし、小生のこの妄想的思い付きは、マルとビリーホリデイの逸話から来たものではなく、純音楽的に発想されたものであることを敢えて宣言しておく必要がある。

その音楽的理由を探ってみると、ベートーヴェンでは「ミドレシ」という・・・所謂運命の動機とされる音型の展開によって曲が進行していく。
この展開は類稀なベートーヴェンの天才的才能を発揮していると思われるものだ。

小生はこの「運命の動機」とレフトアローンのあのジャッキーマクリーンのASが奏でるあの哀愁を帯びたメロディに、ある共通性があるのではないかと思ったのであった。

ご存じない方もいるかもしれないので言及するが、あの誰もが知っている「ジャジャジャジャーン」=「ミミドー・レレレシー」の運命の動機、実は最初の音符「ミ」の前には八分休符がついているのだ。
だからジャジャジャジャーンではなく、(ズ)ジャジャジャージャーンというほうが正しい。

さて「運命」は下記の音型が手を変え品を変えて変化し発展していく局である。

ミドレシ
ミドファミドラ
ミドファミレシ

一方レフトアローンは「レラファミドソ」の音型を持っているモチーフで出来ている。

そのままの音型を見る限り両者には何の関係も内容に見えるが、実際に両者を何度も聞いていると、非常に似通ったところを感じることが出来る。

何故似通っているのかしばらく分からなかったが、その秘密をついに発見したのは、運命の動機の八分休符、その八分休符の代わりに「ラ」の音を入れてみると・・・
「ラミドレシ」となる。

運命の音型「ラミドレシ」「ミドファミドラ」とレフトアローンの音型「レラファミドソ」は聴感上ほぼ同一に聞こえる。

運命の動機がミファミレシという主音に従って上昇ミレドの主音とともに下降していくところは、ラドレミソミレドと展開するレフトアローンのメロディ展開にも通じるところだ。

聴けば聴くほど両者の類似性が増してくるのである。

恐らく両曲をご存知の方はその殆ど全員が、そんなことはないと思うかも知れないが、ぜひとも両曲を再度ジックリと聴いてみていただきたいものである。

小生の言わんとすることがなんとなくお分かりいただけるものと確信する。

ただしマルが、ベートーヴェンをインスパイヤして作曲した・・・というのは完全な推理上のことで、全く信憑性はない。
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by noanoa1970 | 2007-10-16 10:08 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

Commented by こぶちゃん at 2007-10-16 15:41 x
こんにちは。いや~面白い推論ですね。
しかも、ベートーヴェンの運命のリズムが、ジャズでいう裏で取っている、というのも面白いです。
クラシックを一度でも学んだのなら、正式にベートーヴェンを研究していなくても必ず意識下にフレーズは残りますから、マル・ウォルドロンにも(ン)ジャジャジャジャーンはあったと思いますよ。
その変奏がレフト・アローンに結びついたというのはありえますよね。
Commented by エレガンス at 2007-10-16 23:25 x
いつもながら音楽への造詣の深さと探究心に驚嘆しています。
それも毎日楽しみながらというのがとても素敵!
私は詳しくないので、気の利いたコメントはできませんが、楽しみにしていることはお伝えしたいと思います。
Commented by noanoa1970 at 2007-10-17 08:50
こぶちゃんさんコメント感謝です。
オーディオと食の日記いつも楽しみに、読ませていただいています。音楽的推理・・・このところの小生の楽しみの一つになってきたようです。音楽のジャンルに固執しない聴き方は必要になるときがあります。JAZZばかり聴いていてもJAZZを極めたことにならないように、クラシックだけを聴いていても、クラシック音楽の良さ凄さは、そうでないときより実感できなかったように思います。
Commented by noanoa1970 at 2007-10-17 08:59
エレガンスさん
いつも小生の勝手な推論に、お付き合いいただき有難う。
最近はyoutubeでブラックサバスやグランドファンクなど60年代後半ロック喫茶でがんがん鳴っていたものを聴いたりしています。今聞いてみると、当時の野蛮性はなく、かなり音楽的にも優れていることを発見したり・・・学生時代の思い出とともに、気持ちが新たになるのを実感しました。