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DRAC興亡史・・・1967~71その7「DRACの人間模様」

≪2回生追放事件の序奏:現役か浪人か≫

話を1967年に戻そう。

入部したのはいいが、至急どこのグループに所属するかを決めなければならない。

新人は約30名ほど、あるいはもっと多かったかもしれないが、面白いのは新人でも一浪のものと現役で割りとハッキリ区別がついたことである。
学生服を着ているものはほとんど現役入学、ブレザーや私服のものは、ほとんどが浪人で、顔つきもなぜか少しひねている。

小生は浪人をして入学して、その頃ブレザーなるものを着ていたし、自分ではそうは思わないが顔も多分ひねていたのだろう。

会合で、小生の斜め前に座ったある男・・・その男もブレザーを着ていてひねた顔つきをしているので、小生はテッキリ1年先輩だとばかり思っていたのだが、後で聞くとその男も小生を1年先輩だと思っていたというから笑ってしまった。
その男がM畑だった。

現役と浪人出の入学・・・同じ学年でも何か微妙な空気が流れていて、其れは先輩達2回生、3回生の間でも流れていたのではないかと思っている。

当時執行部は全員が3回生によって組織されていた。
また小生たちの学年で浪人したものは、2回生の現役入学の先輩を多少なめてかかることがあったような気がしているが、これは同時代意識の微妙な反映であったのかもしれない。

だれかれとなく現役?浪人?という問いかけが、陰日なたに存在していたようで、このようなことは体育会や文化サークルでもプレイヤーの・・・演劇とか交響楽団とか軽音楽とかグリーとかでは恐らく決してなかったことだと思うのだが、自らプレイをしない文化活動集団のいやらしさなのか、プレイヤー集団のような徒弟制度の、あるいは先輩後輩という確固とした階層意識は、個人の技量あるいは常識の範囲であるにはあったが、組織における先輩後輩という1年違いの関係性においては、なし崩し状態でもあった。

by noanoa1970 | 2007-08-29 09:57 | DRAC | Comments(0)