3人の「Arnold」よりArnold Schoenberg

管弦楽組曲やブランデンブルク協奏曲あるいは2つのヴァイオリンのための協奏曲 ばかりを聞いていたその昔、あるとき「音楽の捧げ物」を聞いてから小生のJSバッハの音楽に対する考え方や価値観が大きく変わることとなった。
下の図は、音楽の捧げ物の「主題」である。
バッハがフリードリヒ大王の宮廷を訪ねた際、以下のようなハ短調のテーマ (Thema Regium) を大王より与えられたと伝わっている。

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バッハはこのテーマを持ちにその場で3声のフーガ形式の即興演奏をした後に、「対位法」を駆使して6声のフーガ:リチェルカーレに発展させた。
これを俗に「音楽の捧げ物」といい、トリオソナタ、カノンを含む大曲である。

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カールミュンヒンガー指揮/シュトゥトガルド室内管弦楽団

小生はこの曲を初めて聴いたとき、「これがあのバッハ?」・・・今まで聞きなれた音とはまるで違う音がそこにあったのにビックリしたのだった。
そのときは何が違うのかを理解することは出来なくて、この音楽の余りの奇妙さにそれから随分長い間「音楽の捧げ物」を聴くことは無かった。

大学生になって、周囲の影響もあったのか、所謂「現代音楽」をかじることになり、サークルで「松平頼則 」の「越天楽」、『催馬楽」による主題と変奏 ・・・旋法を12音技法により再構築した音楽を聴いたとき、突然あのバッハの「音楽の捧げ物」を聞いたときと同じような不思議な感覚を得ることとなった。

12音技法と音楽の捧げ物は、そのままリンクするとは思わないが、それでも図の音符が示すとおり、半音階を全てにいれ音階を7→12音全て使用するところは、後に「シェーンベルク」が確立した12音技法に通じるものがあるのだと考えてもよさそうだ。

シェーンベルクは、恐らくバッハをひそかに影の手本として、12音技法を開発したのではないかと想像させるものである。

小生はシェーンベルクの音楽作品の中では、「12音技法」を使用していないロマン風味がまだ漂っているときの・・・しかし表現主義的傾向の萌芽を感じる美しい曲「浄められた夜」が一番好きであるが、もうすぐ迎える終戦の日にも因んで、「ワルソーの生き残り」を聞くことにした。

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エーリッヒ・ラインスドルフ指揮/ボストン交響楽団/シェリル・ミルネス(ナレーション)

1947年に作曲された「ワルソーの生き残り」(作品46)は、「ワルソーのゲットーから実際に生き延びた一人がシェーンベルクを訪れ、その模様を話したことに基たもの」(ルネ・レイヴォヴィッツ)とされる。

語り手、男性合唱、管弦楽の構成を持ち、ガス室に送り込まれる人の語りという形をとっており、最後にユダヤ人達が突如として「聞けユダヤ人の民よ」を一斉に歌いだす。

シェーンベルクについては様々な記述があるが、小生は中でもとりわけ次のことを指摘しておかねばならないと思っている。

それは彼の改宗のことで、
ユダヤ人として生まれながら、銀行行:言い換えれば「金貸し業」をやっていた先祖が必要に迫られて、カトリック教徒に改宗したのを受けて、シェーンベルク自身は、幼い頃より、「カトリック教徒」として教育を受け育てられた。

「金貸し業」は、キリスト教社会・・・・キリスト教徒がそれを行うことは禁止事項であって、それをやるいわば下賎な職業は、非キリスト教徒であるユダヤ教徒のユダヤ人が勤めることとなっていた時代があった。
そのことは、シェークスピアの「ヴェニスの商人」でも明らかなように、歴史的事実だったようだ。

「金貸し業」は後に、あのメンデルスゾーンの家系がそうであったように、財を成して行きやがて銀行業へと発展していくが、そうなると「闇」から「公」へと、その商圏は広がることになる。
そうなるとユダヤ教徒のままでは周囲のキリスト教徒との軋轢、摩擦が生じることになり、商売チャンス消失のリスクを恐れ、会合や教会参加など周囲との協調を図ろうと「改宗」を余儀なくされた。
その例は数多く、あのハイネも、メンデルスゾーンも然りであった。

シェーンベルクは先祖の改宗で「カトリック教徒」となり、しばらくは銀行勤めをしていた。(ドイツだから、周囲は恐らくプロテスタントが多かったと思われる)
やがて、ウィーンを追い出され、ベルリン芸大の教授に任命される時プロテスタントのに改宗した。
しかし、その後ナチのユダヤ政策に反対して1933年、ユダヤ教に再改宗しているのである。

ユダヤ教(祖先)→カトリック教徒→プロテスタント教徒→ユダヤ教徒と、常人では考えられないほどの宗教的遍歴を送ってきた。

われわれ日本人は特に宗教に関しては無頓着なところがあるが、西欧の・・・特にユダヤ教徒、イスラム教徒において宗教は生活そのもの、場合によっては生き様である。
「改宗」することは、われわれの想像を遥かに超えた所の人生上の転機であるだろう。

シェーンベルクを語る上で重要なこの点をどうしても書いておく必要があると強く思うのである。

「ホロコースト」は、ユダヤ人にとっては、今でも悲惨な記憶で、今もなおナチの残党を探して、罪を暴くといった行為が行われているというし、ドイツは深い反省と陳謝を世界に向けて発信し続けた。

シェーンベルクは同胞民族のナチによる殺戮を音楽で表現し、耳に焼き付けるかのように残すことになった。

時に芸術作品は、事実よりもそのリアリティを高く持つに至ることがある。
個人的なリアリティが、作品によって、それを享受する万人に与えるリアリティがあるのも事実だ。

戦争のホロコーストのリアリティとは自分が死に行くことの「恐怖」だけではない。
家族や同胞・・・・自分たちの神、いにしえより続いた民族の壊滅の恐怖でもあった。
それは誇り高き民族が、理不尽な理由無き理由で世界から抹殺されて行こうとする恐怖でもある。
ユダヤの人々は、長い間歴史的差別を受け続けてきた民族でもある。

「ワルソーの生き残り」で、男のモノローグに被さるように聞こえてくるのは、旧約聖書の中の申命記 6章 「聞けイスラエルよ」である。

《これは、あなたたちの神、主があなたたちに教えよと命じられた戒めと掟と法であり、あなたたちが渡って行って得る土地で行うべきもの。あなたもあなたの子孫も生きている限り、あなたの神、主を畏れ、わたしが命じるすべての掟と戒めを守って長く生きるためである。イスラエルよ、あなたはよく聞いて、忠実に行いなさい。そうすれば、あなたは幸いを得、父祖の神、主が約束されたとおり、乳と蜜の流れる土地で大いに増える。
聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい》
(申命記 6章 1~ 9)

『あなたもあなたの子孫も生きている限り、あなたの神、主を畏れ、わたしが命じるすべての掟と戒めを守って長く生きるためである
そうすれば、あなたは幸いを得、父祖の神、主が約束されたとおり、乳と蜜の流れる土地で大いに増える』
・・・・このような旧約聖書の言葉も、一人二人とガス室に急がされていく彼らにはむなしく響く。

シェーンベルクがこの1節を用いた意味、聞き手にとっての意味合いははどこにあるのだろう。

戦争やホロコーストの前には「神」など何の役にも立たないということなのだろうか?
それでもユダヤの民は「神」の言葉を信じて来世の幸せを思ったのだろうか?
人間の罪の深さを思い知れと、神が下した試練だと思ったのだろうか?
自分たちが犠牲になれば、多くのユダヤ人が救われると思ったのだろうか?
生き残ってしまったことに対しての後ろめたさの表現のようなものもあるのだろうか?

そんなことを思いながら、小生には
Dunkel ist das Leben, ist der Tod!:「生も暗く、死もまた暗い」・・・マーラーの「大地の歌」の李白の詩が重なってくる。

シェーンベルクはマーラーの「大地の歌」の随所に現れる「生は暗く・・・・」のフレーズが、半音階的に上昇していくのを参考にしたのだろうか、またこの詩の持つ、アイロニカルで、退廃的かつペシミックなことに何かしらの共感を抱いたのだろううか。
マーラーもシェーンベルク同様、ユダヤ人であり、彼もまたユダヤ教からローマ・カトリックに改宗しアメリカに渡った。
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by noanoa1970 | 2007-07-22 10:08 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)