空想音楽小説・・・幻のオーケストラその6

空想音楽小説・・・幻のオーケストラその5からの続き

6話に分けて記載したこの空想音楽小説も、いよいよ終焉を迎えることになった。
「事実は小説より奇成」と、国営TV局の名アナウンサーが昔言ったとおり、外から見るだけでは決して想像だに出来ないようなことが、実際には存在する。
しかしこの話は、あくまでも「小説」に過ぎないから、登場人物団体は、架空のものであることを再度申し上げておくことにする。




男はどうして私が、アマチュア音楽集団の現状に詳しいのかを知りたい様子なので、固有名詞を抜きで7年前のことを話すと、「N」について、それは誰ですか?だれだれでしょう?としつこく聞くのだった。

誰であるかは、今は問題ではないし、そのようなことを教える必要はないと答えると、やっと収まったが、不安そうである事は、テーブルの上に置いてあった小生のJAZZのCDを無意識に手にもって、テーブルにコツコツと当てている音で分かる。
自分が誰からどのように思われているかがよほど気になるらしい。

彼の論理構造をもって発せられた言動を、今まで(多くの?)人たちが見聞きし納得してきた背景は、それらを聞いて容認してきた彼らの音楽・文化に対する「無知」そのものであることと、クラシック音楽という権威、〇〇フィルハーモニー在籍というステータスシンボルのなせる業であって、決してこの男の話の筋が取っているとか、男の意見に賛同するとか、まして尊敬するとか言う類のものではないと確信させられたのである。

こんなにも、本音と建前が大きく違い、言っていることとやっていることが大きく矛盾する人間の言うことを真に受ける「人種」は、「クラシック音楽・・・オーケストラの有無が、その町の文化程度を示すメジャメントだ・・という風潮があって、オーケストラが乱立したバブル期の一昔前ならともかく、今では余り存在しなくなったし、そのような見せ掛けは今では通用しない。

恐らく男は、私がしつこく指摘したようなことを、今まで赤の他人から言われたことなどない環境で過してきたのだろう。(身内でさえも言わなかったのかもしれない)

学校卒業後すぐにプロオケに在籍し、腕前はともかく、中部地方の大都市〇〇〇市では、一流とされるプロオケの奏者だから、オケ以外では常に「先生先生」といわれ、付加価値がつきすぎるほどついしまってていて、地方の町のアマチュア音楽演奏者の目からは、「神様」のような存在として見られてもいたことだろう。

だが、私の懐に飛び込んで来たからには、それは全く通用しない。
こういう思い上がった、「クラシック音楽様である」というように・・・音楽を武器にするような人間は、小生が最も嫌う人間。

であるから、これらの私の言動は、大人気ないことは百も承知の上で、徹底的に彼の鼻をへし折ってやろうと、途中から意を決してのことであった。

だから男は激高し、何度もテーブルを拳でたたき、普通なら「すみません」と自分の行為を反省するのだろうが、そこをその男「これだけ激しく話し合いができることは最近珍しい」などと、ここでも自分の過ちを認めないで、話をすり替えるのだった。

こういう不遜な人間は最後まで自己防衛の塊だ。
こういう人間を「自己愛性人格障害者」と医学上呼ぶらしい。


大学を出て(どこの大学かは確認はしてないが)すぐにオケに入った、今まで社会人としての経験などは全くない人間が、「芸術」やら「クラシック音楽」の概念的範疇だけに身をおいて50半ばを超えようとする年齢になっても、幼稚な考え方しかできない。

しかも自己防衛意識がそうさせるのであろう、常に高いところから見下しているような態度と、確信を突っ込まれると、それには触れないで、避けるようにすぐに話題をそらし、話をすり替えて行く。

普通なら、相手の人間は諦めてしまうところなのだろう。
それで今まで無傷でやってこれたともいえるが、「何故」を3回以上繰り返すと、どうしようもなくなって、最後は切れてテーブルをたたく。

初対面で他人の家に来て口論になったとはいえ、それは議論である。
たとえ頭に血が上っても、人の家でテーブルをたたくことは通常ではありえないこと。
しかし、「事実は小説より奇成」、そんな男が存在し、しかも音楽組織を作っているのだ。

十数年やってきても、いまだに片腕なる人物の存在がないのも、この男には組織のリーダーたる者としての欠陥があり・・・資質がないからなのだろう。

午後3時から延々8時までの5時間にわたる話の中、およそ文化や芸術などとは縁遠い男の言動を見て、小生はある結論を出さずにはいられなかった。

またこの男が私のところにやってきた真の目的は何かもスッカリ分かってしまうこととなった。

そう、男は私の「値踏み」にやって来たというわけなのだ。

私にどのくらいの能力があるのか
私が無料でお手伝いできるか否か
要するに、自分がじきじきに行って頼めば、「何とかやってみましょう」という気のいい返事をくれるという計算をしてのことであることは、最後の一言・・・

「例えば仮に、貴方(私のこと)の思惑通りの公演をやるとしたら、いくらぐらい必要か?」・・・いくらぐらいというのがよく意味が分からなかったから、突っ込んで聞くと、には2つの意味があって、

1つは私の報酬、そして後一つが、演出などにかかる費用であることが判明した。

それには伏線があって、私は「ボランティア」の考え方として「無償奉仕」ではダメ。
有償でのボランティアでなければ、長く続かないし、どこかで依頼の遠慮とほどほどの仕事という予測があるから、この団体のある人にはNPO化を薦めていたので、この男テッキリ私が「お手伝い」の代償として金銭を要求しているものと勘違いしたのだろう。

答えないで置こうと、一瞬思ったが、どうせ引き受けない結論だったから、

・報酬などいただくつもりは毛頭無い。
・公演の概算は計算などしていないと。
過去このような経験は?とも聞くから、
・(現役時代に、カスストマー感謝のためのコンサートの企画運営をやったので、実際には経験がないわけではなかったが)
「ありません」と一言いっておいた。


そして以下の結論を導き出さないわけには行かなかったのである。

「この男がいる限り、わが町にオーケストラはできない」

彼はオーケストラなど本当は作りたくないのだ。
弦楽器の生徒を増やし、生徒を合奏団に入れてもっと活性化することで、十分目的が果たせる。
恐らくそれは自分の名前を売ることと、利益還元の安定サイクルを作ることの両方の相乗効果を狙ったものなのだろう。

オーケストラができたら、自分の存在は危うくなることは目に見えている。
その吸引力は、男から・・・絃も管もオールラウンドに面倒が見れるトレーナー、そして指揮者に移ることになるからだ。

アレだけ自己防衛本能が強く、自己主張の権化のような男が、リスクを背負ってまで、しかもボランティア精神(口ではそういっているが)で、他の団体あるいは他のリーダーたちとと協調できるのなら、もうとっくの昔にオーケストラはできていたはずなのである。

まして、お客様からお金を取り、おまけに税金まで投入してもらってのオペラ公演に、
演技も、衣装もない「コンサートオペラ」などというごまかし造語作り、それをを平気でやろうとするのだから、市民=聞く側の事などのプライオリティは低く、「地方で初めて」とかアマチチュアにしては、とか言う名声確保にそのプライオリティがあるようだ。

定期公演の都度、あらかじめ依頼した10名ほの人から、率直な演奏評価を、定点観測的に受けてみたらいかが?という私の意見も、
「そんなことをしたらお金を払わないといけなくなる」
「そのとき忙しかったらどうするのか?いつもこれる人なんかいない」
そういって拒否するのだった。

自分たちだけで、傷をなめあっているだけの集団では、今後の質的向上は望むべくも無い。

義理と人情で来た観客から「良かったよ」といわれて満足しているような、稚拙な集団は「趣味の範疇」でやっていれば良い。
決してお金などをもらおうななどという大それたことを考えてはいけないのである。
行政の補助=税金も頼ってほしくない。
自分たちだけで楽しんでいれば良い。
「市民管弦楽団」を作りたいなど、HPに載せるな。
「地域文化活動貢献」などという、えらそうなことを言うな。

誰の方を向いているかと予想したところ、それは限りなく
自分が所属するプロオケのメンバーへの見返し、狭い範囲の音楽界、そして将来の個人的リスク回避のための、生徒集めの技巧的手段としか思えない。

非常に残念だが、この男がいる限りわが地域にオーケストラができることは決してないだろう。

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by noanoa1970 | 2007-07-07 08:50 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

Commented by barrett_hutter at 2007-07-07 20:15 x
あまり関係ない話ですが、イタリアに在住していた時には、肉屋の親爺が朗々と唄っていたいたのが有名なオペラの一節だったり、近所の教会で毎週ごく普通にクラシック・コンサートをやていたり、近くの街に残るローマ時代のコロッセオでオペラをやっていたりと、それなりに愉快でしたね。そこにあるのは、たとえクラシックだろうとオペラだろうと、演奏する側と消費する側が、意識として非常に近い位置にあるのが印象的でした。だから、オペラを見に行っても、できが悪いと遠慮なく扱き下ろしますし、ブーイングさえ飛んで来ます。そういうのが、文化が根付いているということなのでしょうかね。ましてや、演奏する側が特権意識を持って、高見から見下ろすという感じは、あまりなかったですね。まぁ、スターが威張ってるのは当たり前ですが、それは別の話。