ちょっと、脚本家気分で・・・



演劇の解説などによくあるもの・・・それをまねして・・・

「奥様女中」脚本・演出に当たって

今まで、このオペラは、女中の「セルピーナ」が家の主「ウベルト」を懐柔し、手練手管の末に、まんまと屋敷の奥方に納まってしまうと言う設定のものが多い。
そこで繰り広げられる、男と女の駆け引きと、下男の「ヴェスポーネ」を使った「セルピーナ」の仕掛けた罠により、「ウベルト」の心が動かされてしまい、「ヴェスポーネ」が正体を現すにつれ、「ウベルト」は、騙されたことに気づくのだが、いったん下した結婚の約束は、主と言おう者ならば、果たさなければならないし、どうやら気づいてみれば、「セルピーナ」を愛するようになっている自分に気がつく・・・と言うストーリーである。

オペラブッファと言うだけに、随所に「笑」のネタが潜んでいる。
しかし、この物語をそのまま現代風にアレンジしたところで、この物語が新鮮になるわけではないし、恐らく現代の人には、話の壷がよく理解されぬまま、よくある2時間推理ドラマのように、「財産狙いの女が仕掛けた物語」と言う認識をされてしまいそうだ。

そこで私が注目したのは、黙り役の「ヴェスポーネ」である。
私はこの下男「ヴェスポーネ」こそが影の主役ではないかと思うようになったのである。

それで、この物語の展開を仕組んだのは、実は「ヴェスポーネ」で、彼は古くからの執事だから、先代の遺言を聞いていた人間と設定した。
先代からは、一人道楽息子の「ウベルト」が心配だから、自分たちがいなくなったら、この家の跡継ぎを絶やさないように、何とか早く「ウベルト」を結婚させてくれと頼まれていた。

その「ウベルト」も、もう50をとっくに過ぎている。
最近では、「ウベルト」から、「どうもセルピーナが気になっているが、女中だから、どうかと思い悩んでいる」ことなどを打ち明けられている。

一方、子供のときから面倒を見てきた、「セルピーナ」からも、「どうもウベルトが愛しくなってきた」と、相談されていた執事の「ヴェスポーナ」は、300年続くこの屋敷の跡継ぎを絶やすことのないよう、総合プロデューサーたらんと、両者にヴェスポーナの書いた筋書き通りの演技をやらせるのだった。

「ヴェスポーネ」が操っていることを悟られないように・・・
先代からの遺言を果たし、この屋敷の安泰と、「ヴェスポーネ」自身の家計の安泰を図るためのことだ。

私は、今まで全く陽の当ることがなかった「ヴェスポーネ」に、光りを当てることで、「今まで隠されていた真実」を表現することにした。





『口ではいやだとおっしゃるけれど、
泳いだその眼がいってるわ、私のことが好きだって』

『イヤよ、いやよも好きのうち』

『怒らせて、怒鳴らせて、癇癪を起こさせて、嫉妬心を起こさせて、最後に少し優しくするだけで、男はようやく動くもの』

『我侭を、聞く振りをして、調子に乗せて、それでいい気持ちにさせとけば、女は素直になるものよ』

思わずこんなキーワードが浮かんでくる。
お互いに心惹かれあうものがありながら、なかなか上手く事が運べない・・・現代人にもこのようなことは多いものだ。

劇中劇という思い切った設定、黙り役の「ヴェスポーネ」が、実は影の主役・・・仕掛け人である。
それに気づいたとき、この昔の物語も、単に面白いだけのものから、妙にリアリテイを持つものになってくる。

「熊さん八さん」の人情話にも通じるところがあり、日本の古典にもあるような、落ちと笑仕立てだから、「クラシックオペラ」としてだけでなく、もっと広い分野のかたがたにも十分味わっていただけるものと思っている。

「皆さん、ユックリ見渡して、席の周りをよく見て御覧なさい。
さぁ、そこ、隣の席に、「ヴェスポーネ」が忍び込んで、コッソリ座っているかも
しれませんよ」

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by noanoa1970 | 2007-06-15 09:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by akemin at 2007-06-15 15:53 x
ああ・・・まずい
ちょっと 面白くて・・・足つっこみそう!
いやいや・・・
芝居熱からやっと冷めたわたしです。
また 熱がぶり返すと夫婦不仲の元になる。
芝居熱が振り返すと、寝ても冷めても謎解きがはじまって
ウチの旦那さんとも向き合うことすら忘れてしまう・・・。
だから、今じゃブレヒトさんも本棚で背表紙だけしか眺めていません。
akemin
Commented by noanoa1970 at 2007-06-16 13:31 x
「今日の世界は演劇によって表現できるか」・・・などと議論した昔が懐かしいです。
演じることは、「解釈すること」なのかも・・・