傘が無いから、しょうがない、もうくたばってもいい!

もうお気づきの方も多いと思うのだが、タイトルは、「雨」にちなんだ曲の一部を切り取ったものである。
井上陽水、小室等、大塚まさじ、それぞれの昔の歌の1節からだ。

ちょうど今の季節にふさわしく、大塚の「うた」という曲の冒頭は、
「ざくろの花のオレンジを六月の雨がそっとたたく時」・・・drac-obさんのブログ「別館4階のBOXから」中に、そのタイトル引用がある。

今日はこの中から「しょうがない」・・・すなわち「小室等」が作った名曲といっていいだろう「雨が空から降れば」について。

まずYOU TUBEの動画を見つけたので、リンクしておくことにする。
削除の時はご勘弁願いたい。
テロップでは1971年とあるが、小生にはもっと近年の映像のように見えたがいかがだろう。

それはさておき、小生がこの曲に出会ったのは、学生運動が終結に向かおうとしていく、1970年秋の頃であった。
その頃小生は、京都市左京区松ヶ崎という所の学生アパートに引っ越していた。
それまでは、「岩倉」という田舎、その前が「上賀茂」で、そして入学当時は「糺の森」であった。なぜこう転々と住居を変えたのかというと、それはただただ音を出せる環境と、鍵のかかる環境がほしいがためであった。

勿論当時はどんなところでも大きな音をスピーカーから出し続けることはできなかったが、松ヶ崎は周囲に民家が少なく、周りは田畑と裏は山だったから、まじめな学生が学校に言ってしまった後、人気がなくなった頃を見計らって、かなり大音量が出せ、しかも、4畳半の安普請ではあったが、鍵のかかる一番端の部屋にありつくことができた。

バリケードの中でしばらくがんばってきたサークル活動も、徐々にメンバーが離散していく中、つぶれてしまった学生新聞立ち上げを手伝い、軌道に乗ると、小生はアルバイトに精を出すようになった。「NOANOA」を始めたのは、その前後である。

学生会館で西岡恭蔵、大塚まさじ、浅川マキを聞いたことで、JAZZとクラシックとビートルズ以外の音楽を聞くようになって来た頃だった。
その当時小生は、安物のガットギターを持っていたのだったが、ガット絃を金属弦に張り替えて、フォークギターであるかのように振舞ったものだった。

ギターコードと歌詞が掲載された小雑誌が数種類発売されていて、もう忘れてしまったが、その中にあったのが「小室等」の「雨が空から降れば」であった。
ペン画のようなイラストで、少年がベンチで傘をさしながら魚を釣る姿が、描かれていてベンチの前の池には、金魚の形をした魚が1匹雨の中じっとしている姿があって、それが妙に哀愁を誘うのだった。

曲自体は、深夜放送やFMで流れていて、口ずさむことができるくらいメロディアスな記憶に残りやすいものだったので、みようみまねで覚えたいくつかのコードを頼りに弾いて見るのだが、どうも雑誌に付けられたコードがミスプリだったようで、何度やっても、「雨が空から降ればー」の「降ればー」のところの音が違うので、あきらめざるを得なかった思い出がある。
また多分、そこがミスプリで無かったとしても「あの街は雨の中ー」の「雨の中ー」の箇所のセブンスコードは、到底押さえられなかったことだろう。

そんな思い出のある曲なのである。

さらに当時というよりその数年前・・・60年代後半には「アンダーグラウンド」が流行し、大学サークルにも「小劇場」という演劇集団がいて、活躍していたし、ATGや天井桟敷、黒テントといったアングラ集団が活躍した。

小室等の歌も「別役実」の「スパイものがたり」という芝居≒(27曲の挿入歌があるというから一種のミュージカルともいえそう)の挿入歌であり、「別役」は当時アングラの花形(アングラで花形というのもおかしい気がするが)の一人でもあった。

ベルウッドから復刻されたCD。これもすでに廃盤となっている。
及川幸平の「面影橋から」も、「旅立ちの歌」収録されている。
六文賎のネーミングは、真田幸村の旗印からではなくて、サマセット・モームの「月と6ペンス」からであるということ、ご存知でした?
小生は始めて知りました。
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別役実・作詩 小室等・作曲 六文銭(小室等)唄

雨が空から降れば
思いでは地面にしみこむ
雨がシトシト降れば
思いではシトシト滲む
黒い蝙蝠傘をさして 街を歩けば
あの街は雨の中
この街も雨の中
電信柱もポストも
故里も雨の中
しょうがない 雨の日はしょうがない
公園のベンチでひとり おさかなをつれば
おさかなもまた 雨の中
しょうがない 雨の日はしょうがない
しょうがない 雨の日はしょうがない
しょうがない 雨の日はしょうがない・・・・・

小生は残念なことに、『スパイものがたり』を見ていない。
別役が近年、この「スパイ」という物体について、面白いコメントをしているので、記載しておくことにする。

別役実

 「もうスパイなんかいらなくなった」と言われてから久しい。最初はコンピューターの普及による。公開された資料だけでも、大量に収集してコンピューターに解読させれば、ひとりのスパイがかすめ取ってくる以上の情報が得られるというのである。次はベルリンの壁の崩壊による東西の融和である。それぞれに秘密を持つ必要がなくなったというのだ。
 しかし、先日英国の情報部が機関員を公募した、というニュースが伝えられたから、依然としてスパイは必要らしい。もちろんスパイを公募する時代であるから、かってのスパイとはかなりおもむきを異にするものの、スパイはスパイである。もしかしたら、やってもらうことはなくなっているが、いなくなると淋しい、ということなのかもしれない。
 英国には特に多いらしいが、「スパイ好き」というものがいる。私もそのひとりである。どことなく、「人類とは種を異にする存在」というニュアンスがあって、それは何とも言えずいいのだ。スパイの中には「二重スパイ」というのがあって、これほど奇妙な存在はないと言ってもいいだろう。
 この芝居は、そうした意味での私の「スパイ礼讃」にほかならない。

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by noanoa1970 | 2007-06-08 17:22 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by akemin at 2007-06-09 08:46 x
おはようございます。
やはり匂いました!
初めてネット上でお会いした時は
わかりませんでしたが・・・・
noanoa1970さんの
その後blogの記事そしてコメントのそこここから
匂いました・・・。

面影橋・・・ごく最近
早稲田界隈に用事があり車で通りました
都電荒川線が走り今も神田川あたりは
あの歌の空気がまだ・・・あります。

そして黒テント・・・・
私は今はすっかり芝居はみなくなりました
ずいぶん昔はアンダーグラウンドの匂いがのこるような
芝居を選んでみていました。
その当時の役者さんがテレビで多く活躍されていますね。
やはり人間洞察はかなり優れている方々なのでしょう
テレビに活躍の場を移しても
彼らの芝居は実にうまいです!
Commented by noanoa1970 at 2007-06-09 09:31 x
朝早くからのコメント有難うございます。
いやーっ、お恥ずかしいところお見せしたようで・・・・
映画「珈琲時光」では荒川線がよく出てきます。ご覧になりましたか?