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酒飲みの美学

我が家の日本酒用の酒器。新旧取り混ぜ適当に出してみた。
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小津映画には、数々の美学が登場する。
映画「麦秋」ではこのようなシーンが・・・・
結婚を控えている20代後半になった女性紀子と、紀子が秘書を務める会社の上司が、紀子の友人の家の料亭の一室で顔を合わすときのシーン。

紀子の上司の席に、紀子が顔を出す。

上司は飲みかけの杯をグイッとあおって、その杯を紀子に渡し私酒を注ぐ。
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紀子はその杯を飲み干し、見えないように、口が付けられた部分を拭き返杯する。
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上司への返杯時のシーン。
上司は杯に酒がいっぱいに注がれようという瞬間、杯を持つ手を少し高く持ち上げる。
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小生は若い時分この「所作」がどういう意味を持つのかわからなかった。
そして、注がれる酒がいっぱいになるので「もう結構」ということなのだろうと解釈もした。
この所作を始めて見たのは、親戚の会合の席で、叔父が目上の親戚から酒を継がれていたときに、叔父がした動作である。
その動作がかなり大げさで、酒を注がれるのを拒否するかのようだったから、なんと失礼なことをやるのだろう・・・と、少しいぶかしげに思ったものだった。

我が家にやってきて、小生の父親と酒を酌み交わすときにも同じ所作を繰り返す。
小生の父親がそのような大げさな「所作」をするところを、今まで一度も見たことが無かったから、「この男、ひょっとして性格が無礼なのか」と随分思っていた。

時がたって、大学のコンパで先輩と酒を飲む中、叔父ほどはひどくないが、同じような「所作」をする先輩がいるのに気づき、『酒を注がれたときの礼儀」と解釈して、また時が過ぎた。

それからまた時が流れ・・・・小津映画の中で、この「所作」に出くわし改めてこの「所作」の意味を考えてみた。
映画「麦秋」では、返杯で部下の秘書から注がれた杯を、クイッと持ち上げるから、「有難う」の意味なのだろうか。
いいやまてよ、それだけではなさそうだ。

この料亭でのシーンでは紀子とその上司の位置は、テーブルの短手方向と長手方向だ。
これはそんなには多くないセッティングで、大抵はテーブルをはさんで、お互いが向き合うことが多かろう。(少し距離があるのが酒宴の席だ)

そんなセッティング位置で酒を注がれた場合、・・・この場合の酒は日本酒、徳利と猪口を使う前提なのだが・・・

杯を持った相手に徳利から酒を告いだ場合、座姿勢でしかも相手は、杯を時分の胸の前辺りに持つ。酒を注ぐほうは、腕を伸ばして徳利の縁を相手の杯につけて酒を注ぐのだから、大抵この状態では杯に注がれる酒の量が、注ぐ側からはわからない。
下手をすれば、満杯となって杯から酒をこぼしてしまい、せっかくの酒宴も興ざめとなる。

昔の人は、このことを恐れてこの「所作」を編み出し、しかも「有難う」という意味もそこに込めた。
恐らくこれがこの「所作」の背景にある。
この「所作」だけが一位歩きすると、叔父のように大げさに・・・酒を注がれたときにはこうするものだと、昔から決まっている、かのような振る舞いとなる。

小津映画のそのシーンは、ごくごく自然に流れるが、きちんとその「所作」を忘れないでいる。
小津が酒好きだったこと、単なる酒飲みではなく、「酒飲みの美学」を、向かいからの「所作」の意味を知っていたことを感じさせる場面である。

昨夜東京に住む息子が、関西方面に出張で、その帰りに帰ってきたので、ビールを飲みながらこの話をしてみた。
ビールの時は?と聞くので、ビールは注がれた量がわかるから必要ないし、ワインも注ぎ合う酒ではないから、あのような「所作」の習慣は無いと・・・小生。

これは日本人独特の「所作文化」・・・「本来は合理的なことで、理由があってすることであるが、それをそうでないような形にして振舞う」のではないか・・・などと講釈してしまった。息子も付き合いで酒を酌み交わすことも多くなるだろうから、話をしてみたのだが、わかってもらえただろうか。

ビールといえば、小生は注がれるときは絶対にグラスを傾けないことにしている。
まして継ぎ足されるのを嫌うのであるが、余り拒否しても、ザがしらけるので、我慢する時が多いが、グラスを傾けることはしない。

現役時代に会社がよく利用していたスナックバーのコンパニオンが、「ビールを注ぐときにはグラスを傾けてよ!」などというので、ママを呼んで「ビールの注ぎ方の教育ぐらい、しておけよ」といったことがあったが、そのママ・・・傾けると何故いけないのか、恐らくわからないだろうと思い、他所ではこのことには触れないことにした。

本当においしいビールを味わったことが無い人には、このことは到底わからないからである。ためしに注がれたビールをすぐに飲まないで、・・・30秒ほど置いて、細かい泡の間から、大きな泡が立ち穴が開いた状態になってきたときを見計らって飲んで見られたし。
これだけで、そうしなかったときのビールの味が、格段においしいものに変身するから

by noanoa1970 | 2007-05-26 18:59 | 骨董で遊ぶ | Comments(2)

Commented by akemin at 2007-05-27 00:40 x
読ませていただきながら美酒をいただいた気分です。
私 本日はギネスをグラスに注いだそばから
あわてて頂いてしまいました。
明晩は泡の行方を見届け
さらにいっそう待ち遠しい喉越しに
黒をやろうと思います。
Commented by noanoa1970 at 2007-05-27 10:13 x
akeminさんこんにちは。「ギネス」小生も大好きです。最近感のギネスのパッケージが変わり、さらに感の中に、「八方」するための、変わった仕掛けがほどこされるようになりました。でもやはりギネスは「瓶」がおいしいように感じます。エビスの黒も発売されていますがやはり「ギネス」は「ギネス」ですね。「ハギス」を食べさせるところが、近辺には無いので、もっぱら「燻製」で・・・小生ウイスキーは勿論「アイリッシュ」党です。「春鹿」と(お好みの)チーズの組み合わせはJAZZにピッタリですからお試しください。