ルサンチマン

憲法改定の前段階として、「国民投票法案」が可決されたことは、遅きに失することであるが、重要な問題はその後のこと。
最近ではマスコミこぞって憲法改正論議番組をやり始めている。
いずれにしろわれわれ国民は・・・・どこかの議員や首長の選挙のように、投票率が50%をきるような、政治離れ状態ではいけないのであって、細かい議論も有ろうが自身でよく学んでおく必要が有る。
「日本国憲法」など読んだことも、義務教育で習ったことも無い国民が大勢存在することは、やはり問題であろうと思う。

こんなことを考えながら、すぐに思い浮かぶのがその昔・・・といっても1970年代初頭に、「加川良」という男が歌った「戦争をしましょう」。
同時期の、「高田渡」の「自衛隊に入ろう」が「勧誘の歌」と誤解され、自衛隊からオファーが来たなどという笑い話もあるが、「加川良」の「戦争をしましょう」もいろいろな誤解を生みそうなタイトルで、彼自身ライブでしか歌わなくて、その上90年代以降には「冗談やで・・・」「本気にしたらあかんで」といいながら、歌っているのを見かける。
どうやら、過去に何らかの失敗が有ったらしい。

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その詩の内容は以下のとおり
<戦争をしましょう>加川良作詞作曲
(*作曲は加川となっているが、明らかに「朝日の当たる家」の編曲だと思う。)

もう随分昔の話
大東亜戦争の頃
日本空襲花盛り
大日本帝国苦戦中
沈黙続けていた、一人の男
神国大和の国のため
もう我慢できぬと馬に乗り
全国各地をかけめぐる
空襲逃れたおもちゃ屋で
花火をたくさん買い集め
花火の火薬を抜き取って
大きな爆弾二個作る
大日本帝国救う道、もはやこれしかないんだと
大きな爆弾二個担ぎ、太平洋を泳ぎだした
アメリカよまだかまだかと
ふんどし一つに、刀を下げて
急がねば急がねば急がねばと、太平洋を泳いだのだ
思えば彼の目も足もも、仲の良かった友達も
アメリカB29の餌食となって死んだのだ
ナポレオンを思い出し不可能は無いとがんばった
歯を食いしばり泳いだのだ
その甲斐有ってアメリカへ、アメリカ上陸あいなった
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところが月日は流れてた
日本敗戦アメリカ勝利
今じゃ仲良くやっているという
怒った彼は再び日本へ
国会議事堂前にして
ギョロ目出て来いと叫んだが
ところは交通地獄のど真ん中
車に当てられ死んだという
これは大日本帝国の勝利と正義ひたすら信じ
真実一路に歩み続けた
勇敢な男の物語
日本国民政府の皆様
貴方の夫や子供や親の死を
犬死にさせないためにも
今こそ立ち上がるときです
今すぐ戦争の用意をしましょう
今すぐアメリカを攻めましょう
戦闘開始しましょう
そしてそしてアメリカに勝ちましょう

*文中「ギョロ目」とは70年安保のときの「佐藤栄作」首相のこと

さて小生がこの歌を思い浮かべたのは、「国民投票法案」→「憲法改正」へと情勢が進むであろうという今日的状況だからであるが、もう一つ見落としてはならないのが・・
浜田幸一などの「戦中派」だけにとどまらず、戦後民主主義教育の只中に位置した「団塊の世代」の中にも、どうやら心の片隅の記憶として・・・敗戦ということは勿論、「原爆投下」という無差別テロに近いやり口としての終戦に、アメリカに対する「ルサンチマン」の根っこが存在しているのではないかということである。

「加川」の「戦争をしましょう」が、けっして戦争を煽る歌でないことは明白なはずであるが、「反戦」という言葉には「反米」が潜み、それは「戦後民主主義教育」の毒牙に染まった、われわれの世代の日本人が、連綿と持ち続ける「ルサンチマン」であるのかもしれない・・・と最近思うようになりつつある。

物質的、文化的アメリカ礼賛と国土防衛にたいする複雑な重いと、原爆投下に対するルサンチマンが同居しているという不思議が、われわれ「団塊の世代」的今日であるのかもしれない。

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by noanoa1970 | 2007-05-19 17:44 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)