アイスクリーム

少し気温が高くなってきたこのごろ、アイスクリームを食べたくなることがある。
小生があの冷たい、美味しい食べ物を知ったのは、50年以上前のまだ小学校低学年の頃。
夏休みのことだったと覚えているのだが、小学校の校庭で、映画上映会があって、夕方になると、連れ立って学校まで映画を見に行った。

太くて長い竹の竿を立て、そこに銀幕を張った場外スクリーンがあり、まだ映画の上演時間が来る前、太陽が沈んでない時から校庭に集った。
この催しは町内の娯楽をもかねていたと見え、近所の人々も大勢集った。

その中にあって繁盛していたのは、独特の匂いを放つアセチレンガスのカーバイトランプの光を伴った「アイスキャンデイ屋」だった。
人口甘味料で甘みをつけ、ピンク、黄色、オレンジ、白色の氷菓子が平たい木で出来た棒の先についているもので、これという特徴は無いが、少しある甘みと冷たさで、そして他には何も入っていないせいか、カチカチに凍っていたから、かなり長時間楽しめることから、子供には人気が有った。

「アイスキャンデイ屋」の箱にはもう一種類入っていて、それを「ドリアン」といった。この「ドリアン」は今思えばその名前の由来であるかのように、ほんのりと異国の果物のような香りがするのと、今のアイスクリームに近い感触があって、溶ける速さはアイスキャンデイと比べると、倍ほどの速度で持ちが悪かったが、それでも小生はその食感がたまらなく好きで、もっぱらこの「ドリアン」という氷菓子を食べたものだった。

それから数年、「アイスキャンデイ屋」はどこかに姿を消し、代わりに近所の八百屋に冷凍ケースが登場し、中には「アイスモナカ」というものが入っていて、夏のお八つの定番は「スイカ」か「アイスモナカ」になった。
牛乳など(多分脱脂粉乳を使ったのだろう)、まして生クリームなど全く材料としない、これも噛むとガシガシのものだが、外の最中の皮と一緒に、前歯でこじ開けるようにして噛むと、少しシャリシャリ感があって、かなりの時間冷たさが味わえた。

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それからまた数年たち、乳製品や菓子のメーカーがこぞってアイスクリームという名前で商品を売り出し、そのときよく食べたのが、名糖の「ホームランアイスクリームバー」。
3cm四方、長さ10cmの立方体のものに木製の棒をつけ、丁寧にロゴマーク入りの銀紙で覆われたもので、棒に「ホームラン」と刻印されたものに当たると、もう1本おまけがもらえるというもので、これは味も良かった。バニラ味が発売されたすぐ後でイチゴ味が発売となり、小生はイチゴミルクのようなそれが好きだった。

d0063263_14532120.jpgそんな中、小生が本格的な「アイスクリーム」に出会ったのは、デパートの食堂でも、不二家レストランでもなく、なんとそれは国鉄の車内だった。
年に2回ほど、学校が休みのときに小生は母親の実家のある京都に行くことがあり、「比叡」という準急列車に乗ることが多かった。
「SL」であるのは勿論だ。

車体にうす青い色の帯が入った2等以上の列車には乗せてもらえず、いつも3等車両の垂直の木星の背もたれと、青く塗られた余りすわり心地の良くないシートに2時間半座って、京都に行くのだが、そのとき車内販売として売りに来たのが「アイスクリーム」と「冷凍みかん」。
「アイスクリーム」はカップに入っていて、木製の匙が紙の袋に入っている。
カップは少し浅めに作ってあり、全体が薄いグリーン色をしていた。
小生は、この国鉄で車内販売されていた、カップアイスクリームの味を今でも忘れないほど、強烈に覚えているのだ。

バニラの香り、クリーミーな滑らかさ、人工でない甘味、そして少し黄色味がかった色合い。そのどれもが特別ですばらしいもののように思えた。
カップの蓋までをも舐め、もう何も残ってないカップを、木の匙で何度も救い愛しんだ。

最近では限りないほど多くのメーカーや、プロショップなどがこだわりの「アイスクリーム」を、材料を惜しげもなく使用して作っているが、あの国鉄の車内販売のシスクリームに勝るものにはお目にかかれない。

もし今食べることになったら、「何だこんなものを美味しいと思っていたのか・・・」なんていうことになる恐れはあるが、「復活、国鉄車内販売のアイスクリーム」として再び世に出していただきたいものである。

そんなことを思っていたら、「アイスクリーム」という有名な歌があることに気がついた。有名といっても、その筋の尾愛好家の間だけなのだが、1996年小生はこの歌を金沢で実際に聞くことが出来た。
それは「高田渡」が・・・余り体調が芳しくないときの今日も句稼ぎ・・・といっては失礼に当たるだろうが、「こいのぼり」の替え歌同様に、高田がよくやる手口の曲。
30秒あれば歌い終わるもので、曲名はずばり「アイスクリーム」である。

曲は短くて、あっという間に終わるので、聞き過ごすとないを言いたいのか全くわからないことが予想されるのだが、この曲をよく聞いてみるとその歌詞の内容には、長大な「ドラマ」というか「格言」というか「男と女の様」というか、そんなものが見えてくる。

詩の作者は、「衣巻省三」という人。
小生はこの人の名前をはじめて知った。よほどの人で無い限りほとんど知る人はいないであろうこの人物は
明治33(1900)年兵庫県生まれの詩人・小説家。都会的心情を描いた。主な作品に、『けしかけられた男(』第一回芥川賞候補)、『黄昏学校』などがある。
昭和53(1978)年、78歳で死去。

「馬込文人」の中の一人で、「稲垣足穂」の友人であり、足穂が貧困にあえいだ時期には「衣巻」の住居に転がり込んで、長く居候したといわれる。
文壇の中では珍しく裕福な家の出身といわれるようだが、彼については作品もプロフィールもほとんど、目に見える形で残されていないから、古書においてはとんでもない値段がついているほどである。
そんな衣巻が作ったのが「アイスクリーム」

これはもう空でも覚えているから書き出しておく。
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『アイスクリームアイスクリーム
アイスクリーム私の恋人よ
あんまり長くほうっておくと
お行儀が悪くなる』
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このマイナーといっても間違いではない詩人のマイナーな詩を、どのようにして高田が見つけ、どのような動機で歌にしたかは、定かではないが、この詩から読めるものとして特筆すべきことは、

アイスクリームを擬人化した手法に、明治生まれの詩人とは思えない、モダニズムがあり、シュールな感覚があること。
「行儀が悪くなる」のは誰なのか・・・・男と女が対等に扱われているように思えること、今で言う「不倫」めいたものの発生原因の大きな一つを、すでにこの時代に述べている・・・男と女の愛情の不条理さを言い表すようで、面白く、現在でも十分通じるところがあるばかりか、ある種男と女の間の普遍の心理を表現しているとも折れるから、いつでも「新しい」

高田が目をつけたのも、詩の短さとともに、簡潔に男と女の愛情の綾を表現していて、時代を感じさせない「新しさ」があるのを発見したからなのだろうか。

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by noanoa1970 | 2007-04-28 14:50 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)