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フックス、クレメンティ、サン=サーンス、ドビュッシーそしてクレーを結ぶもの。

これら音楽家の名前は、一見何のつながりもないように見えるが、コアなクラシックファン・・・中でも相当マニアックな諸氏で無い限り、ピンと来ることは無いであろう。
そういう小生は、けっしてマニアックなクラシックファンではないが、ひょんなことから彼らにつながる「キーワード」を発見することなり、面白そうなものが見えたので記述しておく。

その「キーワード」とは、音楽の技法の重要なものの一つ「対位法」である。

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その時丁度小生は、17~18世紀に活躍した「ヨハン・ヨーゼ・フフックス」という作曲家の、「皇帝のレクイエム」(「ゼレンカ」と同年代)という音盤を入手して聞き及んでおり、彼が「対位法」の研究者でもあり、「グラドゥス・アソ・パルナッスム」という対位法の理論書を、残していることを知るに及んだことに端を発する。

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そして、「グラドゥス・アソ・パルナッスム」といえば、すぐに思い浮かぶのが、「ドビュッシー」の「子供の領分」第一曲「グラドゥス・アソ・パルナッスム博士」である。
そしてこの曲は「ドビュッシー」が、いやいやながらする、子供のピアノの練習風景・・・そしてその練習曲の作者が「クレメンティ」であることから、「クレメンティ」が・・「フックス」の対位法研究をピアノ教則本にした同名の「グラドゥス・アソ・パルナッスム」の「つまらなさ」をパロディったとされる。

小生もこの「クレメンティ」の教則本には思い出があって、小学生のときに妹が「バイエル」から「ブルグミューラー」、そして「チェルニー」・「クレメンティ」に進み、毎日のように聞かせれてきたから、「耳蛸」状態の時期が有ったのだった。
しかし「ハノン」に比べると、「クレメンティ」は、そこに音楽なるものを見出せたことも事実であった。
「クレメンティ」に比べると、「ハノン」は本当につまらない。

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後に、「ニッティグリッティ ダート バンド」の代表アルバム「アンクルチャーリーと愛犬テディ」のなかで、名手「ジム・イボットソン」がバンジョーで36番を見事に弾き切ったのには驚いたものだった。

しかるに「グラドゥス・アソ・パルナッスム」は、「フックスの対位法の教書」の名前で、そのルーツは、ギリシャの「パルナッソス」・・・都市デルポイのあるところの、「芸術の山」と称されるところからのもの。
登山が険しく困難なことから、「芸術の森」の象徴とされ、その道に到達するのには音楽では、「対位法」を極めなければならない。
「フックス」が「対位法教書」を書き、後に「クレメンティ」が・・・恐らくはギリシャ神話、「フックス」両方に敬意を表しピアノ練習曲にした。

そして何故か、「ドビュッシー」はその「クレメンティ」を、「退屈なピアノ練習」の象徴に取り上げたのである。
しかし「ドビュッシー」の「グラドゥス・アソ・パルナッスム博士」を聞く限りにおいては、決して子供の退屈なピアノ練習の姿は見えない。
「ドビュッシー」は、「クレメンティ」を通して、「フックス」を見据えていて、「対位法」がけっして古い音楽語法ではなく、そこに存在する・・・後の「セリエ」などにも通じるような、古き手法の中の近代性、斬新性を鋭い目でに破っていたのではあるまいか。

「対位法の近代的応用パターン」、そしてやがて来る新時代・・20世紀以降の「対位法」の萌芽のようなものが見えるような気がする。

さて、「ドビュッシー」より少し年代はさかのぼるが、「サン=サーンス」には、子供のための音楽として有名な「動物の謝肉祭」という組曲がある。
小生は近年になってから、オリジナルの「室内楽」演奏版を入手して、聞いているのだが、管弦楽版とは違う面白さがあることを発見した。
さて彼は「人間」も「動物」であるといわんばかりに、多くの動物の中に「ピアニスト」という人種を忍ばせた。
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これも「ドビュッシー」が子供のピアノ練習に「クレメンティ」をパロディったとされるのと同様に、ピアノの稽古・・・ワザト間違えて弾くところを表現しているのが面白く、弾くのが子供なのか、素人の大人なのかは議論が分かれるところ。

しかし、この練習曲、実は「サン=サーンス」のオリジナルではなくて、「クレメンティ」がその作者であるということを知れば、ここでピアノを弾いているのは、「ドビュッシー」が「いやいやながら練習する子供」(小生は、その音楽から「対位法賛歌」であると考えるのだが)を表現するために、象徴的に用いた「クレメンティ」を使った先達ということになる。

サン=サーンス作品を、「下手なのに、本人はいたってまじめで、自らを上手だと確信している、バカな人間」それを皮肉ったとの解釈も成り立つが、いずれにしても「対位法」・・・・・・「フックス」、「クレメンティ」を見据えており、
その音楽から見るに、「サン=サーンス」が、「対位法」に対する、ある種の飽き飽き感を持つに至ったのだろうことは、想像しても良いが、ドビュッシーの音楽からは、そうとは思えない。
むしろ、「対位法」に新しい価値を、見出そうとしていたのではないか、という印象さえ受けるのである。

両者の「クレメンティ」のモディファイと、対位法の使い方からは、そんなものが見えてきそうだ。
しかしながら、「サン=サーンス」自身、「対位法」の大いなる使い手であったことも事実であろうから、本当のことはよくわからない。

ともあれ、「対位法」というキーワードで、ドイツ・オーストリアとフランスの、4人の音楽家達・・そしてカントリーロックバンド:「ニッティ グリッティ ダート バンド」にまでが繋がったという発見をすることができたのは、「フックス」の「レクイエム」のおかげであった。

それにしても「フックス」の「レクイエム」は、すばらしすぎる。
そしてモーツァルトが音型を拝借したことがあり、ベートーヴェンが一目置いたという「クレメンティ」子供のピアノ練習曲の作者としてだけの認知では、あんまりすぎるように思う。
ARTSから「ピエトロ・スパーダ」の演奏するクレメンティのピアノ曲全集が出ていたのを見かけたから、いずれ入手しようと決めている。

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上の写真は「パウル・クレー」の「パルナッソス山」
三角形は山、赤い円は太陽、下のアーチの形は神殿の門ということらしい。
チョット目には、よくわからないことであるが、「ポリフォニー」と「対位法」という音楽のアイディアを絵画的に表現しようと試みたといわれる。
「パウル・クレー」もまた、「フックス」、「クレメンティ」を意識していたのだろうか。絵画→音楽の印象的影響霊は多いとされるが、音楽→絵画は、余り無いようだから、とても珍しいことである。
「クレー」はかなりの音楽マニアであったのだろう。

by noanoa1970 | 2007-04-23 09:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)