リユニオンブルース

しばらく「骨董の陶磁器」ばかりUPしていたので、ここらで音楽の話をと思い、久しぶりに取り出したのは「ミルト・ジャクソン」と「ピーターソントリオ」が会して録音した「リユニオンブルース」とタイトルされたLP。

リユニオンとは「再結成」のこと。
この言葉をタイトルにした曲の入ったアルバムが1971年に発売された。
この年は小生がモダンJAZZを聞き始めてから数年たった時のことで、オスカー・ピーターソンやMJQ、パウエルやモンク、そしてコルトレーンなどをJAZZ喫茶を中心にして聞いて、ボツボツLPを買い揃えはじめだしていた頃から数年のことであった。

そうするうちに、MJQのミルト・ジャクソンがオスカーピーターソントリオと組んでアルバムを出すといううわさが耳に入り、発売を待ちわびながら入手したのがこのアルバム「リユニオン・ブルース」であった。
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それまではMJQとオスカー・ピーターソントリオ単独の録音は聞いていたのだが、パーソネルこそ違うものの、同じ構成によるユニットがオリジナルMJQとどのような違いが出るのかが楽しみであった。
収録曲もスタンダードナンバーが中心で、なんと「ローリングストーンズの名曲、「サティスファクション」が1曲目に収録されているし、「いつか王子様が」、「恋に落ちたとき」「ドリーム・オブ・ユー」も録音されているというのだから、期待を持つのも当然である。

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しかし何故「リユニオン」=再結成かというと、実はこのメンバー1961年に「ヴァリー・トール」というアルバムを録音しているというから「リユニオン」であり、収録曲にミルトジャクソンの書いた「リユニオン・ブルース」が収録されているところもあるからであろう。

「MJQ」は、そのメンバーに
・ミルト・ジャクソン(ビブラフォン)
・ジョン・アーロン・ルイス(ピアノ)
・パーシー・ヒース(ベース)
・ケニー・クラーク(ドラムス)
(1955年からはドラムを・コニー・ケイ)

一方「オスカー・ピーターソントリオ」のメンバーは
・オスカー・ピーターソン(ピアノ)
・レイ・ブラウン(ベース)
・ルイ・ヘイズ(ドラムス)

小生は勘違いの勘違いをMJQに対してしていて、当初MJQ=ミルト・ジャクソン・カルテット」の頭文字の略だと思っていたら、友人に「モダンジャズ・カルテット」の略だといわれ、Milt Jackson Qは間違いであると思っていたのだったが、彼らの最初の名前はまさに「ミルト・ジャクソン・カルテット」であって、すぐ後に「モダンジャズ・カルテット」と改められたということが判明したのだった。

ともあれ、当時のJAZZの巨匠が再結成し、録音したJAZZは大いなる期待を抱かせたことは事実であった。

「スウィングが無けりゃ意味が無い」とはよく言ったもので、「リユニオン」されたユニットのJAZZは全編スインギー、MJQオリジナルの深遠さと、ピーターソン・トリオの小洒落れたところは少ないにしろ、各パーソネルは自分の存在感を限りなく発揮し、何かとピアノとヴァイヴばかりが目立つオリジナルのユニットを凌駕する音楽を聞かせてくれた。

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ピアノとヴァイヴの組み合わせは、「チックコリアとゲイリーバートン」の「クリスタル・サイレンス」のときにも書いたことなのだが、音が被る心配をよそに、「音のモアレ」がこの世のものとは思えないほどの音楽・・・・天上のおとを聞かせてくれたことに驚いたものだが、畢竟このアルバムにおいても、・・・勿論MJQオリジナルの音楽もそうであるのだが、「モダンジャズ」という狭い範疇を超えたモダンな音楽と音を提供してくれたことに大いなる賛辞を送っておきたい。

こうして書いていたとき、当時ジャズの入り口から少し億に入った・・・居間に続く廊下ぐらいの位置にいるファンの間で流行ったジャズユニットのパーソネルをもじったお遊びのひとつを、突然思い出したので記してことにしておく。

MJQネタで・・・・
有る夜のNYのホテルでの出来事。
「コンコルド」の録音を明日に控えて、「朝日のようにさわやかに」のリフの打ち合わせにホテルの一室に先に到着した「ジョン・ルイス」と「パーシー・ヒース」が残りの2人の到着を待ちながら、バーボンのグラスを傾けていると、やがてドアをコンコンとノックする音。
それに気がついた「ジョン」が「コニーかい」とドア越に声をかけるが返事が無い。
そこで「ヒース」が徐に立ちあがって、ドアをあけて顔を出して「見ると、ジャクソン」だった。・・・・というお話。

今ではどう見ても面白そうには思えない「与太話」だが、1960年代後半小生たちがJAZZを聞き出し、ユニットのパーソネルを覚えだした頃、得意そうになっての話題の一つである。
MJQの新メンバーのパーソネルを全て知っていて、すぐに口をついて出てくるくらいになった・・・などといわんばかりのネタぶりであった。

JAZZ入門後しばらくすると、このような・・・・JAZZ好きな仲間にしかわからない「遊び」をして、悦に入っていた時代があった。
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by noanoa1970 | 2007-03-27 11:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by drac-ob at 2007-03-27 22:18 x
ジャズを聴き始めた頃は、右も左も分からずジャズ班の友人とジャズ喫茶回りばかりしていました。またジャズのミュージシャンやファンも活字人間が多く、山下洋輔、天才アケタ、殿山泰司、筒井康隆その他もろもろの人たちの本を読んで影響を受けました。田舎に帰ってから偶然あるジャズ喫茶でジョージ川口さんと話す機会があり、ジャズ屋のホラ話の真骨頂を味わうことが出来たのは、いい思い出です。

ジャズのお笑いネタでは、体育館雨模様と書いてジム・レイニーと読むなんてのもあります。
Commented by noanoa1970 at 2007-03-28 16:37
学生時代は、耳学問が多かったですね。小生は元祖「ちょい悪親父」植草 甚一の「ジャズの前衛と黒人たち」を読みふけった記憶があります。そういえば、最近まったく彼の作品を目にしなくなってしまったな。物凄い・・・文化芸術万能評論家に、あの時代は見えたですね。