類似した曲随想

世の中には類似した曲が数多くある。有名どこの曲でははかなりポピュラーになっており、それは同じジャンルの中でも、ジャンルを越えても多くの存在が指摘される。
ネット上には「どこにて」などというサイトもあって、自由に似た曲のメロディを中心に自由投稿し、野球になぞらえ、「ヒット」「2塁打」そして「ホームラン」までの行かを・・・誰だったか忘れたがしている、面白いものも、すぐにそれとわかるものから、よくわからないものまで様々である。

小生も昔からこの手の遊びは嫌いなほうではないから、自分オリジナルを発見したときはとてもうれしかった覚えがある。

すでにだいぶ前になるが、「リヒャルト・シュトラウス」の「メタモルフォーゼン」の中に、「ベートーヴェン」の「エロイカ」の「葬送行進曲」と似通ったメロディを発見したときは、思わず「やった」と思ったものだった。d0063263_195485.jpg
しかしそれからしばらくして、様々な解説書や、説明書を読むと、当たり前のように、R・シュトラウスが「エロイカ」のオマージュとした曲であると書かれていることが多く、自分だけの発見ではないことを知ることになったのであった。
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それで何度か両曲を聴くうちに、もうひとつ似通った印象の有名曲で、それについて恐らく誰も言及してないであろう物を見つけることが出来た。
その曲は、あの有名な「アルビノーニ」の「アダージョ」。
この曲のメロディラインには、ベートーヴェンの「エロイカ」の「葬送行進曲」とよく似たところがある・・・・したがって「リヒャルト・シュトラウス」の「メタモルフォーゼン」にも似ていることになるという、結論を得ることとなった。

アルビノーニは、 1671年 - 1751年 イタリアはヴェネツィア生まれのバロックの作曲家であるから、ひょっとしたらベートーヴェンは、「エロイカ」の葬送行進曲のメロディラインは、アルビノーニオの模倣、あるいはオマージュのようなものではないかという、推理を立てたことがあった。
勿論実証することは無かったが、このような「仮説」が実証できたら割れながら面白い・・と思ったのは事実であった。
その頃は「アルビノーニのアダージョ」は「アルビノーニ」の作品とばかり思っていたからである。
弁明では決してないが、しかし「パイヤール」の演奏と、ミュンヒンガーの演奏を聴いていたときにはさほどかんじなかった「違和感」が、「ケーゲル」の指揮した「ドレスデン管弦楽団」の不気味極まりない演奏を聴いたとき、「アレ、この曲、バロック音楽としては斬新で、表現主義的な要素がある」と感じていたことは確かである。
ただ小生は、それを「ケーゲル」の演奏の仕業と解釈してしまっていたのであった。
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バロックの通俗名曲も、「ケーゲル」という稀な才能の持ち主の手になると、こうもデモーニッシュな音楽に変貌するのかとばかり思っていたのである。

今では「アルビノーニのアダージョ(レモ・ジャゾット Remo Giazotto 編)」と表記されることが多いこの曲。
小生の時代は全て「アルビノーニのアダージョ」作曲アルビノーニと表記されていたから、恐らく小生など古手の聞き手の多くは、「レモ・ジャゾット」という存在を知らなと思われる。

この人物は音楽学者で、1945年ドレスデン国立図書館が空襲で焼けたとき、焼け跡から「アルビノーニ」が残したトリオ・ソナタの緩徐楽章の断片を発見し、その断片「復元」されたものと言われている。アルビノーニのほとんどの作品がこのようにして、図書館の焼け跡から発見されたものといわれるが、「アダージョ」に該当するものはほんの断片のみで、それを「レモ・ジャゾット」が復元・・・・というより断片を加えてほとんど自身で作り直した・・・つまり自身で作曲したといっても差し支えないという。

なるほど、それで「アルビノーニのアダージョ」に潜む非バロック的な要素が沸いてくるところ・・・・中間部の、急で息せき切ったような転調のところ、どのようにそして何度聴いても「エロイカ」の葬送行進曲が出てくるところなどが塗りこめられていて、小生がベートーヴェンが模倣したと思っていたメロディラインが、実は「アルビノーニ」らしからぬ、現代の音楽家「レモ・ジャゾット」の手になるものならば、ベートーヴェンが真似たのではなく、ベートーヴェンを、「レモ・ジャゾット」が真似て、「アルビノーニのアダージョ」として売り出した(商売としたかどうかは定かではない)わけだから、「アルビノーニの模倣」などと、ベートーヴェンさんに、失礼なことを言ったことをお詫びしなければならない。

どうも近年、音楽そのものより、変な邪念が入り込む余地が多すぎ、「感性」が鈍ってくるのをヒシヒシと感じることが多い。
何とかしなくてはいけないと思うことが多い毎日だ。
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by noanoa1970 | 2007-01-31 19:00 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)