QUAD、ESL-63に惚れ直す

このところ、調整が上手く行ったYAMAHA NS-1000で音楽を聴くことが多かった。
CDでも、LPでもYAMAHAは、かつてないほどの音楽を聞かせてくれて、このSPの潜在能力の高さを思い知ったのであった。
ショルティとVPOの「指環」のLPでは、「ワルハラへの神々の入場」の金槌の音も、ジークフリートの葬送行進曲の最強部の音も、CDを凌駕する音で鳴り響いてくれるようになり、ダイナミックタイプのSPの底力をも感じることとなった。
35年かかってようやくここにたどり着けたのだから、あきらめないでよかったと思うこのごろだ。

ここ数ヶ月聴くことの無かったQUADを改めて聴いてみようと言う気が起こったのは、ヴォーカルの再現性を再確認せんがためであった。
何を聞こうか迷った挙句、取り出したのは、「ベーム」がBPOを振った「魔笛」のLP。
ソプラノの最高音やレチタティーボに代わる「台詞」、そして序曲におけるベームのユッタリ目のテンポ設定での木管を強調した演奏の再現性を見たかったことによるものである。
ザンフィルフルート≒パンフルートの音、グロッケンシュピーゲルの再現性など、オーディオ的にも聴き所は多い。
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聴いていて、思わずうなってしまった。
QUADがこのようなすばらしい音で鳴っていたとは!
YAMAHAと比較するのも、おかしな話だが、そして妙な表現で恐縮なのだが、QUADで聴く音楽は、「気を抜くことのない安心感」がある。
「気を抜くことが出来ない」のは、まさしく音ではなく音楽が、音楽的な音が表現されているからであり、音楽的な音とは、生命感ある音、音が生きているからである。

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YAMAHAの音もオーディオ的な「良い音」から生きた音に変貌してきたが、音と音の間に、僅かではあるが角張ったものを感じることがあるのに対し、QUADでは、それがまったく皆無で、非常にリニアなつながりを見せる。
したがって「ハラハラ、ドキドキする」ことは、YAMAHAにあっても、QUADではそうではなく、かなり自然に音楽に引き込まれる・・・・QUADはそのような感想を持つにいたることが多い。
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by noanoa1970 | 2007-01-25 16:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)