ヴォータンは何故片目なのか・・・5

★オーディン=ヴォータンは何故「トネリコ」に「ノートン」を突き刺したのか?

下の写真は「トネリコの木」
d0063263_12443317.jpgそもそも「トネリコ」という言葉は、日本人にはあまり馴染みのない樹木であるが、樹皮は漢方薬としても使われ、下痢止め、傷の洗浄剤として使われるというし、建材・・・家具材・床柱としても使用される。
「タモ」というのがわが国での名称で、中でも「アオダモ」は、材質が堅くて強く粘りがある。
そのため曲げることができ、このような特質を生かしてさまざまな用途で使われ、野球のバット、北国で使う輪樏(わかんじき)
生木でもよく燃えることから猟師が薪として利用した。

枝や樹皮を水に浸すと、水が藍色の蛍光を発する。この水は染料として使われた。また、アイヌは黥(いれずみ)をするときの消毒に用いた。 また、樹皮は民間薬としても利用された。主な成分はクマリン配糖体で消炎解熱作用、止瀉、利尿作用や尿酸を排出する作用があり痛風・結石の治療などの効果があるとされる。

以上のことから推察できるjことは、ケルト民族が「樫」を神木としたと、同じように「トネリコ」を神木=トーテムとした種族が存在し、ヴォータンの神族と長い間抗争を続けていたのではないだろうか。あるいは神族も「トネリコ」の効用を知って、広く用いてきたのではなかろうか。
いずれにしても、古代の遊牧民には欠かせない存在として「トネリコ」は存在したのであろう。

ヴォータンが手に入れた製鉄技術によって、鉄製の剣がもたらされることになるが、ヴォータンの家督を引き継ぐものは、神族には存在しない。
d0063263_1323351.jpgヴォータンの血を受け継ぐブリュンヒルデは「女性」であるから、入り婿を立てる必要があるが、フリッカは恐らくそれを許すはずが無いし、排除すべき母系社会に変りは無く、ついには異種族との間に子供を作り、その子供が成長した後、自分=ヴォータンより強い人間であるか否かを見定めるために、母権社会の象徴とも言える「トネリコ」に突き刺した父権社会の象徴である剣「ノートン」を抜き取ること駕できる=「新しい社会・・世界の創造者たるもの」の象徴たる人物の到来を画策した。

剣はトネリコから抜き取られはしたが、しかし、ヴォータンの意に反して、双子の兄妹同士が結びついてしまう。d0063263_13223764.jpgフリッカとの結婚=契約の呪縛から逃れられなかったヴォータンは、自分の息子と娘が禁断の近親婚になるのを恐れてか、「フンディング」と「ジークムント」の戦いにおいて、本位を裏切ってまで、実子である「ジークムント」を死に追いやる。

ヴォータンの本心を知る「ブリュンヒルデ」は、ヴォータンの(本心ではない)命令に背き、ヴォータンの(本心ではない)罰を受けることになる。

トネリコから抜き取られた「ノートン」は、本来であれば、「父権社会の到来」を象徴するはずのものであった。

母系社会で近親婚は、いわば当たり前のように行われてきたという。
ここでフリッカやヴォータンまでがそれをタブー視することになるのは、「キリスト教」の考え方が入っているからであると思われる。
またフリッカとヴォータンの神格が、どう考えても逆さまであるように思うのは、ゲルマン神話とキリスト教の考えが混沌として交じり合っているからで、ヴォータンの2面性や矛盾も、そうしたキリスト教の影響の結果だろうと推される。

「トネリコ」が古代「自然神信仰」の象徴なのに対し、突き刺された「ノートン」は「非自然、すなわち創造物(神)信仰の象徴とも読める。
お互いは独立してその能力を発揮できない閉塞状況にあるのを、ノートンをトネリコから開放することによる・・・新しい信仰対象・・・すなわち、キリスト教の1神教信仰が見え隠れするようだ。
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by noanoa1970 | 2007-01-12 08:31 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)