グリーン・スリーヴスが聞こえる・・・

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イングランド民謡として知られる「グリーン・スリーヴス」。
この美しいメロディはブリテン諸島の音楽家の間でよく使われた。
すぐに思い浮かぶのはレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの『グリーンスリーヴスの主題による幻想曲』 である。
「グリーンスリーヴス」の意味はさまざまな説があるが、一般には「グリーンスリーヴス夫人」のことをさすという説、そして「グリーンスリーヴス」=「緑小袖」であり、古来この地方では「不倫」を表す言葉であるという説である。

「イギリス民謡」とされていて、それが定着しているようであるが、小生はそれを大いに怪しいと思っている。
その理由は
この歌はもともとは、スコットランド地方と、今のイングランドの国境付近で採取されたということ。
後ひとつは「緑」である。
この2つの重要なキーワードから、そして音楽そのものから、小生は、この曲を、「ケルト民族」の伝統歌であるとかねてから思っている。
メロディ・・・ここで使用される旋法をケルトのものだと仮定し、イギリス=アングロサクソンのものとは異なるとする仮説の詳細な証明には至らないが、多くのケルト系の音楽を聞いてきた小生の耳は今の時点でそのように告げる。

「緑」は何を表すかといえば、「ケルト」でそれは森であり、森に住む「妖精」をあらわすのである。「小袖」はスカーフと見ることができるから、グリーンスリーヴス」とは「羽のある妖精」をあらわすともいえる。
おそらくこの曲のオリジナルは、緑の奥深い森に住む妖精と人間の交感、あるいは畏敬、憧れの念を歌ったものであったのだろう。
ケルトではドルイド教に見られるように、神=自然・・・自然神信仰であり、フェアリーは神の化身である。
後のキリスト教化によって「悪魔」とされるのである。
下の歌詞の「愛する人」を、恋人・・・人間でなく「フェアリー」に、「私」を人間と読み替えるとわかりやすいと思う。

Alas, my love, you do me wrong
To cast me off discourteously
For I have loved you well and long
Delighting in your company.
ああ愛する人よ、残酷な人
あなたはつれなく私を捨てた
私は心からあなたを慕い
そばにいるだけで幸せでした

Greensleeves was all my joy
Greensleeves was my delight
Greensleeves was my heart of gold
And who but my lady greensleeves.
グリーンスリーブスは私の喜び
グリーンスリーブスは私の楽しみ
グリーンスリーブスは私の魂そのもの
私のグリーンスリーブス、貴方以外に誰がいようか

Your vows you've broken, like my heart
Oh, why did you so enrapture me?
Now I remain in a world apart
But my heart remains in captivity.
貴方は誓いを破った、私の心のように
ああ、なぜ貴方は私をこれほど狂喜させるのか?
離れた場所に居る今でさえも
私の心は彼女の虜だ

I have been ready at your hand
To grant whatever you would crave
I have both wagered life and land
Your love and good-will for to have.
貴方が望むものすべてを差し出そう
貴方の愛が得られるなら
この命も土地のすべても差し出そう

If you intend thus to disdain
It does the more enrapture me
And even so, I still remain
A lover in captivity.
貴方が私を軽蔑しても
私の心は変わらず貴方の虜のまま

My men were clothed all in green
And they did ever wait on thee
All this was gallant to be seen
And yet thou wouldst not love me.
私の家来はすべて緑に身を包み
彼らはこれまで貴方に仕えてきた
それらはすべて紳士的で親切だったが
それでも貴方は私を愛してはくれない

Thou couldst desire no earthly thing
but still thou hadst it readily.
Thy music still to play and sing
And yet thou wouldst not love me.
貴方は世俗的な物を望むことはできない
しかし貴方は今もなおそれを進んで得ようとしている
貴方の美しい調べは今もただよい続ける
でも貴方は私を愛してはくれない

Well, I will pray to God on high
that thou my constancy mayst see
And that yet once before I die
Thou wilt vouchsafe to love me.
私は天高い神に祈ろう
彼女が私の忠誠に気付き
死ぬ前に一度でいいから
彼女が私を愛してくれることを

Ah, Greensleeves, now farewell, adieu
To God I pray to prosper thee
For I am still thy lover true
Come once again and love me.
ああ、グリーンスリーブスよ、さようなら
貴方の繁栄を神に祈ります
私は貴方の真の恋人
もう一度ここに来て、私を愛してください

仮説であるから、間違った解釈であることを恐れずに、音楽的にはやはりイングランド・・・ブリテン諸島の民謡ではあるが、「イギリス」のそれではないようにどうしても思ってしまうところがある。「ケルト」が奥深く潜むように強く思うのである。

「ホルスト」という作曲家は、「惑星」の作者として有名で、1960年代に、カラヤンとVPOの優れた演奏でよく聞いたものだ。
数年前には「平原綾香」という歌手が木星の中の民謡パートを歌ってヒットした。
今年は、いままで最後の「惑星」であった冥王星が、惑星からはずされるという事件があり、「冥王星」入りの「惑星」・・・ホルストの「惑星」は冥王星が発見される前に作られたから、彼の作品には冥王星は無く、女性コーラスの美しい海王星までとなっていた・・・それを誰かが大胆不敵に、冥王星を付け足すという愚考をしたのだ。
小生はとてもほめたこととは思えなかったので、今回の事件はたいそう気持ちがよいものとなった。

さて
小生は「ホルスト「の作品にはこれまで「惑星」以外には触れることが無かった。
たまに吹奏楽での「組曲」を聴くにとどまっていたのだが、先月注文した音盤の中に「セントポール組曲」があり、それを聞いていると最終楽章に「グリーンスリーヴス」のメロディが聞こえた。

4楽章構成の5部の弦楽のみで奏されるこの曲は、10分と少しの短い曲ではあるが、終楽章の変化にとんだ内容と、ところどころ聞こえる民謡の美しいメロディが、近代音楽技法と絡み合いながら信仰していく、リズミカルでうきうきするような音楽に仕上がっていて、十分満足できる音楽となっている。
作曲の動機が「セントポール女学院」のオーケストラ演奏用とされるのにも、納得できるような親しみやすさもある。
  Ⅰ.第1楽章 : Jig
  Ⅱ.第2楽章 : Ostinato
  Ⅲ.第3楽章 : Intermezzo
  Ⅳ.第4楽章 : Finale(The Dargason)

「ジグ「=「ジーグ」はルネッサンス時代からの伝統的なダンスのリズム、バッハも用いている。
「オスチナート」は繰り返しであるから、やはりダンス音楽に用いられることが多かったのだろう。
「インテルメッオ」とは通常「間奏曲」の意だが、ここではやはり激しい舞曲が入ってくる
フィナーレの「ダーガソン」とはこれもまた動きのあるそして変化していくルネッサンス期からの伝統的な舞曲。ここで2つの民謡が絡み合って面白いハーモニーを作っていく。
このひとつが「グリーンスリ-ヴス」ということである。
もうひとつは、どちらかといえばアイルランドの舞曲のように思うのだが、確定はできない。
しかしこの2つの民謡は、「ホルスト」という巧の手によって、類まれなリズムとハーモニーを醸し出していて、フィナーレを素晴らしく飾り、曲全体を新旧が高い水準で融合したブリテン諸島の「近代舞曲集」に仕上がっているようで、「惑星」しか知らない「ホルスト」の新しい側面を見たような気がした。

NAXOS(8.550823)
演奏
ボーンマス・シンフォニエッタ
指揮
リチャード・シュテュッド
録音:1993年3月18~19日、セント・ピーターズ教会(DDD)
<カップリング> 
ブリテン/フランク・ブリッジの主題による変奏曲
ディーリアス/2つの水彩画(原曲:合唱曲、フェンビー編曲)
ヴォーン=ウィリアムズ/「富める人とラザロ」の5つの異版
ウォーロック/キャプリオル組曲
演奏も録音も優秀で、カップリングも極上の音盤であることも付記しておこう。
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by noanoa1970 | 2006-11-18 10:12 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)