ブリテン諸島の近代音楽

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ブリテンは「青少年のための管弦楽入門」でなじみのある作曲家だが、彼のオペラに「ピーター・グライムズ」という傑作がある。
イングランドの漁村・・・いわゆる「村社会」で起こった少年死亡の犯人を、村から孤立したようにして生活する若者、「ピーター・グライムズ」のせいにして、彼を自殺に追い詰める話で、とても暗い時期のイングランドの・・・おそらく実話を基にして作られたものであろう。

安い賃金で労働力を確保するために、少年を雇って漁師の仕事をしなければ経営が成り立たなくなってきたという、イギリスの漁村にも、経済不況の波が押し寄せてきた背景の中の話。
教育の成果なのか、本人の資質なのか、女性特有のことなのか、脚本に変化をつける意図がああったのか、それらは不明だが、唯一教師であり、未亡人の「エレン」だけが彼をかばい続けるが、それにも限界があって、やはり個人の・・・たとえ愛情があっても、共同体の・・・それがたとえ幻想であっても・・・勝つことができないという悲劇である。

「ピーター・グライムズ」が殺人犯なのか、そうでないかは「闇」のままに終わるのが、なんとも後を引く物語で、
フランス映画「シベールの日曜日」のように、誤解による・・・「共同体によって創造された、死への裁判」すなわち「リンチ」に等しいものであると思われる。
「村社会」の「因習的な価値観」とは、その歴史が長いだけにその中で暮らす人々の心の中に、「共同意識」として存在し続けてたものなのだろう。

このあたりを表現したのが、わが国では「大島渚」の数々の映画作品である。

さて、話を音楽に戻し、本日聞いたのが、
「ピーターグライムズ」から4つの「海の間奏曲」

<夜明け >
漁村の、静かな夜明け
<日曜の朝 >
教会で祈る村人たち、教会の鐘の音と海鳥の声が聞こえて来る
<月光>
月の光が海の上を静かに照らす夜の風景
<嵐>
ピーター・グライムズのの心の中を表現するかのような激しさを持つ

ブリテンはこの間奏曲の冒頭を、まるで12音技法によるような音型を、クラリネットに吹かせていて、それが「ベルク」のバイオリン協奏曲のように聞こえてドキッとさせられた。

個々に書こうと思ったが、
かつての、掲示板の友、てつわんこ氏のブログのテーマ「鐘」そして「月光」を、お手伝いの意味を込めて
「日曜の朝」と「月光」について簡単に触れておくことにする。

「日曜の朝」
変拍子のリズムがJAZZぽい、フルートがドビュッシーの「海」でのそれを髣髴させる。
ブリテンはやはりドビュッシーから、かなりの力をもらっていたに違いないと思えてくる。
上昇下降を繰り返す音型に乗って教会の「鐘」が割と近くから聞こえる。

するとなぜかそれまではしゃいでいた音楽はとたんに宗教色を帯びたように、敬虔さをましてくる。
日曜日は村人にとっても「ハレの日」なのだろうか、祈りのための教会というよりは、教会が一種の社交場である。・・・そんな雰囲気が強い感じがする。
その時代のイギリスの小さな漁村での「教会」乃あるいは「祈り」の姿などに興味がわくところである。
「鐘」は2回鳴らされる

「月光」
日曜の教会での礼拝以上に宗教的、そして神秘的である。
弦楽器群中心に奏される音楽は、とても美しい。
時々月の光に照らされる海の静かなうねりが見えてくるようだ。弦楽器と管楽器では調製が異なるのが単に「月の光に照らされる静かな海」を表現するものではなく、おそらく「ピーター」の内なる葛藤」を表すかのようにも思えわれる。

ブリテン諸島の伝統歌のフレーズを用いているようなところを感じるのだが、ブリテンは、かなりモディファイしているようで、はっきり正体はつかめない。
最後にこの美しいメロディーが再び登場して刻は、激しい「嵐」へ続く。

アンドリュー・デイビスとBBC響の演奏もよいが、
ここはバーンスタインのファイナルコンサートに、敬意を表して
「バーンスタインとボストン交響楽団」の演奏を挙げることにした。
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by noanoa1970 | 2006-10-05 09:55 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)