ブリテン諸島の近代音楽・・・スタンフォードのレクイエム

この秋は近代イギリス音楽を中心に聴こうと決めた。
理由は色色だが、一番は民間伝承、民謡、・・・オールド・バラッド、フォークと、クラシック音楽の融合の軌跡をそこに見たかったからである。
わが国においてもクラシック音楽分野の作曲家たちは、戦後の復興期から1960年代にわたって、日本の伝統音楽、あるいはそのエキスを自らの作品に取り込もうとする動きが顕著であった。
勿論このことは戦後に特有のことではなく、西洋音楽が国策として取り込まれたあたりから続くものなのだが、戦時中の国家高揚の反省も込めて、戦後盛んな時期があった。

小生は学生時代DRACという音楽サークルで日本人の作曲家たちについて、少々勉強したせいもあって、・・・また後年フォーク→日本のフォーク→カントリー&ブルーグラス→ブリテン諸島のトラッド音楽へという流れも体験したから、以上2つが重なるルーツとして、漸くブリテン初頭の音楽にたどり着いたというわけだ。

イギリス近代音楽とよばれる分野は、有名どころを、表面的になぞっただけだったから、この辺りでもう少し深く入ってみようという気が起こってきた。
なるほど奥が深いとはこのことで、調べると、小生の知らない名前の作曲家の方が多かったのにも驚いた。
そしてまた、名も知らない人の作品は、驚くほどとても愛らしいものばかりで、そのほとんどが時刻周辺の古謡や、コラールなどを素材にしているように感じられ、刺激しあうことはあるが、フランス近代音楽とは趣をことにすることにも気づかされることが多かった。

d0063263_10283830.jpg今日は
アイルランド出身の「スタンフォード」のレクイエムを聴くことにした。
彼の作品はすでに交響曲3番「アイリッシュ」を聞いていて、素材として使用された古謡はオールドバラッドとして、すでに耳にしていたから・・・そしてブラームスやドヴォルザークに似たところの有る管弦楽法の上に散りばめられた、古謡はとても郷愁を与えてくれたので、いっぺんに好きになった。

資料によると彼は「プロテスタント」系のアイリッシュと、あるが、最初に不思議に思ったのは、プロテシタントがレクイエムなど・・ミサ曲を作曲したことであった。それもラテン語テキストで。
もう一つ分かったことは、レクイエムの音楽的構造ハ、必ずしも一定でないことは知っていたのだが、彼が「GRADUALE」を3曲目に入れていること。

グラドゥアーレ・・・graduale=昇階唱」はgradus(階段)から派生した言葉で、祭壇に登る階段のところで歌われたのに由来するので「昇階唱」とされています。典礼の式次第と強く結びついているためか、レクイエムが教会の外に出て、コンサートで演奏されることが多くなり、いわばレクイエムの”世俗化”が進行するのに伴って、作曲されなくなって言ったといい、小生の知る限りでは、古くは「ゴーロワ」、「オケゲム」・・・時代が新しくなってからは、小生の大好きなあの「ドヴォルザーク」が採用していますが、有名どこの数々のレクイエムには全くといっていいほど、省略されているようです。

「ゴーロワ」は、今ではほとんど、その名を知る人もいないと思うのだが、18世紀まではフランス国王の葬儀には必ずゴーロワのレクイエムが使用されたほど、教会と結びつきがあった大物なのです。

オケゲムそしてドヴォルザークも敬虔なカトリック教徒でしたから、ドヴォルザークにいたってはそのレクイエムの規模からも、この「昇階唱」を入れたのは納得がいきます。
しかしプロテスタントといわれる「スタンフォード」が近代において、「昇階唱」を入れた「レクイエム』を作ることには納得がいかないものがあります。

曲想は、曲のつながりの表情はドヴォルザークを髣髴させますし、次々と施される「ゼネラル・パウゼ」はまるで、ブルックナーを思わせるもの。
しかしところどころに古謡の懐かしげなメロディラインが聞こえてきたり、明らかに教会先方だと思しき者が聞こえてきたり、・・・「アイリッシュ」野意識がかなり表出されるもの。
ジャケットの帯には「ベルリオーズ」のよう・・・などとかかれてあったが、全く其れとは異なる音楽。加工する音型で始まるレクイエムが多いのだが、これは緩やかに上昇する音型を伴うメロディアスなレクイエムである。

小生は思うのだが
彼はプロテスタントではなく本当はカトリック教徒であったのではなかろうか・・・
あるいは
ドヴォルザークを尊敬し、彼のレクイエムの限りないオマージュとしてこれを書いたのではないか・・・・
以上のいずれかあるいは両方である。・・・・そんな思いを抱かせる音楽である。

<昇階唱>
主よ、亡くなったすべての信者の魂を、
罪の縄目から解き放ってください。
主の恩寵の救いによって、
彼らを報復の裁きを免れるにふさわしい者とさせてください。
彼らに永遠の光明の幸福を味合わせてください。

時としてレクイエムに使われる詩篇130番「深い淵より」と同様、魂を揺さぶる詩である。
レクイエムが鎮魂歌=死者の魂を慰める・・・でないことはこれからも分かると思う。
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by noanoa1970 | 2006-09-18 10:19 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)