春一番コンサート「地球は皮をはいだ」

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4枚目の最後のアルバム。
ワンマンカーの市電が交差する大阪のこのような風景の特定をするのは困難だが、パン屋さんと思しき店や、立ち並ぶアパートらしき風景に、やはいノスタルジーが湧いて出る。
南と北を結ぶ市電の路線なのであろうか、いまでこそ御堂筋は来た向き一方通行で、道幅も広いが、60年代はひょっとしたら、このようにノンビリした光景がどこかで見られたのかもしれない。

森英二郎については詳細な情報がないのだが、
・・・1948年京都府生まれ、大阪育ち。88年から東京で雑誌のさし絵や本の装画を中心に、木版画でイラストレーションを描いています。2002年より小説新潮の表紙絵を担当。2002年トムズボックスより『絵本・木版画の作り方』を出しました。・・・とある。

小生と同じん年代、京都→東京の時代の空気を吸って生きてきたということが分かった。
恐らく京都か大阪の学生時代・・・どこかの大学で美術を学んだのか、それとも独学なのかは定かでないが、彼の木彫やイラストは「春一番コンサート」で使用され、その後その中のメンバーのLP、CDジャケットの表紙を多く飾ることとなった。

他にも本の表紙、時代物の版画、独特の人物画などそのノスタルジックな画風は団塊の世代の人間を強く刺激する。

春一番大阪の常連メンバーの中の誰かか、福岡風太辺りと懇意だったのかもしれない。
後にアップしようと思っているが、中でもオリジナル・ザ・ディラン、ディランⅡ、大塚まさじ、西岡恭蔵の’ジャケットに、良く彼の作品が使われており、その関係だろうか・・・仲間も使用する人が多い。

このアルバムになると、一部を除きかなり後年の春一番での収録がほとんど。小生はこの辺りはちょうど端境期で知らない人たちが多い。
ロックの要素が強まり、だんだんJAZZと融合し、所謂フージョンへと進む傾向が見られる。
一方今までのフォークは陰を潜めていき、ワンマンからバンドの形体に変遷していくようだ。もう一つ、これはレコード会社の陰謀なのか、「ニューミュージック」とよばれる、大衆受けを販売戦略としたイイトコドリのつまらない音楽が台頭してきた。

80年代初頭から始まる「ニューミュージック」のマエブレの年、1979年で「春一番コンサート」は終わりを告げる。
しかし近年場所を豊中の服部緑地に変えて、ゴールデンウイークには、毎年、往時の春一番の復活コンサートが開催され、あの当時のメンバーも多く参加している。

このアルバムでは、80年代一世を風靡した名古屋出身のバンド、センチメンタル・シティ・ロマンスから始まる、砂川正和、布谷文夫、永井隆、メリケン・ブーツ、サザン・ブリード等、小生の全く知らないバンドが登場しており、いずれもがロックバンドの様相を呈している。

しかし70年代初期カラ中期の中山ラビ、オリジナル・ザ・ディラン、いとうたかお、そして遠藤賢司の「踊ろよベイビー」がアルバムのトリをつとめる。

小生にとってはやや異質なところがあるアルバムではあるが、次に続く「何でもありの音楽シーン」へと綱がる予感のする最後のフォーク・ロックコンサートの集成アルバムとして聴くと面白い。
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by noanoa1970 | 2006-09-10 09:15 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)