「F・コンヴィチュニー」ブルックナー「ロマンティーク」の謎

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小生が最も好む一人「F・コンヴィチュニー」が指揮をしたブルックナーの交響曲4番「ロマンティーク」は3種類ある。

その一つが1952年「チェコフィル」と演奏した「ハース版」と、1960年に「ライプツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団」との演奏これはノヴァーク版。もう一つが「ウイーン交響楽団」との1961年の最晩年、これも「ノヴァーク版」の演奏である。

小生はLPレコードで長い間聞いていたのだが、理由有ってCDを長い間探していて、5年前に「チェコフィル」との現役盤を、同じ頃オークションで廃盤となって久しい「ゲバントハウス管」のもの、そしてつい最近になって漸く「ウイーン響」のものを入手することが出来た。

1960年1961年の2つの録音はいずれも「オイロディスク原盤」を日本コロムビアがCD復刻したもの、以前には同じ会社からLPで発売されていて、それを小生も所有している。
CDとなって発売されたのは1993年のことであった。「コンヴィチュニーの芸術」として全10枚、で、この中には「バンベルグ響との新世界」を始めとする「コンヴィチュニー」らしからぬ録音があったのだが、LPで持っていたので、目には留まっていたのだが、その時はあえて入手しなかったがすぐに廃盤となったままもうすぐ15年になる。

このシリーズで不思議だったのは、ブルックナーの5番そして7番の交響曲のほかに、4番が2種類入っていたことだった。なぜこのシリーズにあえてオケだけが違う2種類の同じ曲を取り上げたのか?プロデューサーや商品開発者の意図が分からないままに時が過ぎていった。

LPレコードで聞く限り、両者(ゲバントハウス管とウイーン響)はかなり趣が異なっていて、前者の、緻密だが構造美あふれるようなドッカリした音楽に比べ後者は、やわらかく優雅な響きが特徴、2つのオケの音の違いによるところの差が顕著に出た演奏と思って聞いていた。
そして解釈はほとんど変化が見られないところから、コンヴィチュニーの「ブレない思想」らしき物が見えてきてとても感動したものであった。

録音自体も少し違い、前者は、弦の漣をハッキリと強く表出するところが捉えられており、後者は左右の広がりがあるし、ホルンもフルートも音色が柔和なところが違っている。

しかし驚いたことに両者の演奏時間は各楽章で見ても、全体でも、わずか1分程度の差であることが分かった。

そうこうしている時に「掲示板」に「だまされた音楽」というスレッドが立ち、小生は「フルトベングラー」の「新世界」のことを投稿した。するとどなたかが、「コンヴィチュニー」の「ゲバントハウス管」と「ウイーン響」の2つの録音は、外国人の知り合いが調査した結果では「ウイーン響」と称されるものは実は「ゲバントハウス管」の録音と同一のものであるらしい」という情報が寄せられた。

コンヴィチュニーとくれば、小生、これを黙っているわけには行かないので、LPをとっかえ引返して自分なりに聞き比べてみた。
しかしその時小生がLPレコードから聞き分けた違いは上に書いたとおりの結論になったので、そのように投稿した。

するとその投稿者のアメリカの友人は、「同一のものとの判断」は、スペアナなど科学的な機材で調査した結果で、そのことはHPにも書いてあり、「ウイーン響」のディスコグラフィーにも「コンヴィチュニー」との「ブルックナー」の演奏記録はどこにもないという。

しかし小生は、これも好きな演奏なのだが、「コンヴィチュニー」が「ウイーン響」と演奏した「ワーグナー」の「ジークフリート牧歌」の録音を所有しているので、1950年後半から60年代の、特に混乱期の東ヨーロッパの業界においてのことだから、情報の混乱が起きた結果演奏者が入れ替わったり、録音年月が定かでなかったり、その結果この時代の録音には信憑性に乏しいと思われるものが少なくないのは事実であることを承知しているつもりだが、LPで何回聞いても同じようなところは確かに有るにはあるのだが、細かい部分も、全体的に見ても、どうしても同じ演奏には思えなかったのである。

そこで推理したのがコンヴィチュニーのベートーヴェンの9番1楽章の中間部で見られる「つぎはぎ」丁寧によく聞けば、分かる人は分かるはずなのだが、あるところから急に別の録音を貼り付けたように左右の音の広がりがなくなり、モノラルみたいになって、音自体もかなりレベルが落ちるので、今まで張り詰めていた緊張感がほどけてしまうような、ものすごく残念な箇所がある。これは明らかにテープをツギハギした結果だと思うのであったから、

もともと「コンヴィチュニー」のブルックナー4番の演奏はゲバントハウス管とウイーン響の2つがあった。残された原盤テープの保存状態が悪かったので、2つの録音から「いいところ取り」して完成品を作った。演奏オケはどちらともいえるので、結局両方の表記が使われていた。
それをどこかで誰かが、恐らく販売戦略上であろう、違う演奏として発売した。

もし同じマスターから興した音盤演奏であるとするなら、このような仮説が立てられるのではないかと思い、それを確かめるためにLPレコードと、比較の際に便利なCDで今一度確認してみようと思ったのが、オークションで廃盤を落札した大きな理由であった。

CDでの視聴の結論はというと、いまだ分からないのが正直な気持ちである。
というのは、CDの場合リマスターリングの影響で、LPにも増して出てくる音は違って聞こえるからである。しかしテンポやリズム処理などの時間的なところは非常に似通っているといえる。

こうしてみると
同一演奏である可能性が高いが、小生は、もともとお両方あった演奏の「つぎはぎ説」を撮りたいと思っている。ワーグナーの例でもあるように「コンヴィチュニー」「ウイーン響」の演奏は地政学的にも十分ありえるのである。

調査の可能性は無いのだが、とくに3・4楽章における微妙なアーティキュレーションの違いが有るように聞こえてくるので、大胆な推理となってしまうのであるが、ウイーン響の比重が高いのものとゲバントハウス管の比重が高いもの、つまり「つぎはぎ」されたマスターが2種類有ったのかもしれない。

●ゲバントハウス管盤・・・ゲバントハウス管とのテープからの比重が多いが、3・4楽章の一部なん箇所かに渡り「ウイーン響」との録音から「つぎはぎしたマスター」
●ウイーン響盤・・・「ウイーン響」とのテープが中心だが、「ところどころ、ゲバントハウスのものをつぎはぎしたマスターテープ」
いすれも戦後の東欧の混乱が招いた負の遺産の結果であるという推測である。が勿論今となっては、実証など出来ないことである。
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by noanoa1970 | 2006-06-19 19:19 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)