修学院の家

玄関の扉をを開けると・・・・
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上がりかまちの向かいには、障子で仕切られた部屋があり、良く来客用に使っていた。
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部屋は書院造の四畳半。とても落ち着いた雰囲気だ。この写真ではまだ長火鉢が置いてある。
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by noanoa1970 | 2006-05-22 09:57 | 京都 | Comments(2)

Commented by drac-ob at 2006-05-23 00:18 x
DRACの大先輩のブログずっと拝見していました。今日久し振りに覗いてみたら修学院のお話に懐かしくて初コメント致します。私75年度生で、京都の最初の下宿が修学院の中林町でした。大家さんは人の良い老夫婦で息子さんが確か四条でレストランを経営されていたため、お寿司や竹の子ご飯などを頂いた記憶があります。プラザ修学院を抜けて「サンルイ」という喫茶店の横を通り、塩見酒店を右折。少し行ってまた右に曲がった所にその下宿屋はありました。京都の秋の夕暮れはコートなしではさぶいくらいでって加川良の歌が頭の中で響き始めました。また懐かしい写真や記事をお願いします。HNゴカンベンを。まさかDRACの名前でブログがあるとは知らなかったので。
Commented by DRAC先輩 at 2006-05-23 14:17 x
drac-obさん、これは奇遇というか、縁というか、DRACの後輩からのコメントとは夢のようです。実はDRACは、学園紛争の煽りで、われわれの代で一つの終焉を迎えてしまって、その後・・・1973年までは何とか記憶にある・・どうなったかほとんど不明のまま現在に至っています。
それでも、DRACーOB会には、いまも30名以上が集まります。元気なのは70歳代の古い方たちと、そして60年代終盤から70年代の始の卒業の人たち。特にわれわれ団塊の世代のOBと2年先後輩を含めると40人近くなります。去年は新しい学生会館の最上階のレストランでOB会を開催し、そのときは30年ぶりの懐かしい顔を見ることも出来ました。

下宿が中林町とのこと、家内の実家は「塩見」さんを上がって正面、鷺森神社の鳥居の手前を右に入ってすぐのところにあります。凄く近いですね。

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