「パルジファル」第2幕

第3幕まで順番にと思っていたが、今朝突然VTRのテープがデッキにまきついて切れてしまったので、映像が一部しかない。昨夜見ているときに撮影して置けばよかったのだが、良い場面を・・・と思って後回しにしたのがいけなかった。
有るだけの映像でご勘弁を!

第2幕は、異教徒の国王で魔法使いとされる「グリングゾル」が支配する土地での話し。
「グリングゾル」の力で魔女となり操られている「クンドリ」が、抵抗むなしくやがてこの地にやってくる、「無垢で無知な若者」を誘惑しろとの命令に従う。
恐らく「グリングゾル」はやがて来るであろう若者が異教の敵=キリスト教徒の強者であることを知っていた。
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「クンドリ」は若者を誘惑するときに、若者の生い立ちや両親、特にの母親の話を聞かせ若者の「母性本能」を引き出そうとし、若者の名前を思い出させる。ここで初めて「パルシファル」ということが明かされることになる。恐らく「クンドリ」自身は、この若者「パルジファル」に添い遂げることによるグリングゾルの魔法からの開放の念=「キリスト教への改宗」を抱くようになるように思えるのだが、パルジファルはそれを拒否する。
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これに怒った「グリングゾル」は、聖槍でパルジファルを殺そうとするがパルジファルが十字を切ると聖槍が制止し、そのとたん花園に変身させていたグリングゾルの土地は荒廃した廃墟となり、美しい女性たちも消滅する。

女性たちの花園をTVディスプレイで表現した演出は斬新である。
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この2幕は、パルジファルを落としいれようとするが、彼によって救われたいと願う魔女「クンドリ」と、彼女の接吻によって、聖杯守護の役目を担う傷ついた国王アンフォルタスの罪を自分のものとして受け止めるようになり、クンドリの愛情や両親の愛情・・・特に母親の愛情を自ら昇華して、救世主としての位置に身を置こうとする、「パルジファル」の心の過程を描くもの。
聖槍を奪還した「パルジファル」は、聖槍やともに、国王救済のためにモンサルヴァート城に旅立つ。

第2幕で面白いのは、「クンドリ」が「パルジファル」の氏素性を語ると、「パルジファル」は母親の犠牲のおかげで今日があることを知り悟るところである。・・・(自分が救世主にならなければ)・・・
「パルジファル」の母親に「マリア」の影が見え隠れし、もう片方では「クンドリ」にもマリア的・・・マリアをおもわせるような「母性」が見え隠れする。

世の中の全てのいやなことから守るために、身を捨ててまで力を注いだという「パルジファル」の母親・・・いつもキリストの傍に、寄り添いたたずむ「マリア」を彷彿とさせます。

マリアもクンドリも異教徒であったのかもしれない。ユダヤ教と、キリスト教の関係が見て取れるような気がするのは読みすぎであろうか。

パルジファルの名前の由来は、アラビア語のパルジ(清らか)+ファル(愚か)
という説があり、ワーグナーはこれを採用したが、perce(貫く)+val(谷)、すなわち「谷を駆け抜ける者」という説もあるが、真相は定かでない。。「アルフォンタス」の傷の痛みを和らげる薬を「アラビア」に求め、それを持ってきたのが国王をこのような目に合わせた張本人「クンドリ」であることも面白い。
このシーンは第1幕の開始早々で、この「クンドリ」の存在は、善でもあり悪でもある立場であることから、が非常に奥が深い。
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by noanoa1970 | 2006-04-14 10:53 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)