「パルジファル」第1幕

「聖金曜日」を明日に控えて「聖金曜日の音楽」が第3幕で奏されるワーグナーの「舞台神聖祝祭劇」とよばれるオペラ「パルジファル」を見ることにした。
この映像は10年ほど前に録画したものだが、今まで余り見ることが無かったもので、ベルリン国立歌劇場250周年記念に、、ダニエル・バレンボイムの指揮で1992年演奏・上演されたものである。CDにもDVDにもなってないようだから、そういう意味では貴重な演奏映像なのかもしれない。
パルジファル・・・ポール・エルミング
クンドリ    ・・ ワルトラウオ・マイヤー
グルネマンツ・・・ジョン・トムリンソン
アンフォウタス・・ファルク・ストラックマン
クリングゾル・・・ ギュンター・フォン・カンネン
ティツレル  ・・・フリッツ・ヒューブナー
ベルリン国立歌劇場管弦楽団及び合唱団
ダニエル・バレンボイム指揮
演出     ・・・ハリークプナー
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前奏曲が終わり、第1幕最初のシーン傷ついた国王「アンフォルタス」が従者に支えられながら水浴に来る前のシーン。宇宙船の「ハッチ」のような扉は異世界への入り口の扉のようである。
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白鳥を射落とした青年が捕らえられて、騎士長グルネマンツの前に連れ出されるシーン、のちに隠者となる老騎士に白鳥殺しの罪を説かれる。
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白鳥殺しの青年に出会う前に、グルネマンツは悪魔クリングゾルの邪悪と、王を救うための神託について語るが、その神託とは、「共苦して知に至る、汚れなき愚者を待て」というもの。そこへ、湖の白鳥を射落とした若者が引っ立てられてくるので、グルネマンツはこの若者こそ神託の顕現ではないかと期待し、若者を連れて城へ向かう。
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国王アンフォルタスは聖杯を守るのに、精神的、肉体的に疲れ果てて、体を横たえている。
聖杯の儀式を執り行うのもやっとである。
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国民たちに促がされて、聖杯の儀式をなんとか執り行おうとする。アンフォルタスがこのような体になったのは、異教徒で悪魔的な存在のクリングゾルが魔女のクンドリに命令して、国王を誘惑させ、聖愴を奪いその槍で傷を負わせたからであり、その傷口からは絶えず血が流れ出していて、誰もそれをとめることが出来ない。演出では、国王アンフォルタスそのものが罪を背負った「イエス」のように思える。十字架ではないが十字架を思わせるように、「上下する聖杯が置かれている細長い台座」のようなものに横たわったままだ。
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聖杯はキリストの最後の晩餐でキリストが使用した杯、もしくは十字架にかけられたイエスの血を受けた杯といわれている。

小生は聖槍と聖杯を・・・・男性の象徴そして女性の象徴と見ている。
国王が瀕死の状態なのは、男性の権力の象徴である聖槍を奪われてしまったからであると思う。
もはやこの国、モンサルヴァート城を中心とする国家は、彼の権力下には無いことをあらわしているようだ。
白鳥殺しの青年は第2幕で「パルジファル」であることが明かされる。
前作「ロ-エングリーン」で白鳥の引く船に乗ってブラバンド国にやってきて、異教徒と戦う「ローエングリーン」の父親が「パルジファル」である。

連作において、新しい作品が古い作品より古い物語を扱うところは、スピルバーグの「スターウォーズ」に同じ手法を見ることが出来る。

「パルジファル」には重要だと思われるキーワードがあり、意味深長である。
「共に苦しんで知を得る愚者によってなされる」救いという神託
「救済者に救済を」という言葉である。
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by noanoa1970 | 2006-04-13 17:19 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)