ブラームスの「4つのバラード」・・「エドヴァルド」

「ヘルダー」が採取したオールドスコティッシュバラッド「エドヴァルト」=「エドワード」は「レーヴェ」も歌曲として作曲している。そして「ブラームス」が「4つのバラード」の最初の曲として作曲した。
ブラームスが果たして「ヘルダー」から直接影響を受け、彼の民話集からインスピレーションを得たのか、それとも「レーヴェ」の歌曲からのものかは分からないが、とにかくそのルーツは「ヘルダー」であったというのは確かである。
まして「レーヴェ」の「エドヴァルド」の「詩」の作者は「ヘルダー」と記されているから、どちらにしろ、「ブラームス」は「ヘルダー」を知ることになるのである。
「ヘルダー」はこの話を古いスコットランドのバラッドから採取し、民話集としてまとめたのである。

「ミケランジェリ」の演奏でブラームスのバラード第一曲「エドヴァルト」を聞いた。d0063263_18433967.jpg
何気なく聞いていた時とずいぶんその音楽が違って聞こえてきたのには、自身でもビックリした。それはヘルダーが採取したバラッドが「父親殺し」の物語であったということ、レーヴェの歌曲に大いなる刺激を受けたことの両方があってのことだ。

曲は静かで美しいが少し陰鬱気味な雰囲気で始まり・・・母親と息子の会話の様子か・・・
母親が息子の異変に気づき、問い詰めていく。
お前の剣が地の色で赤いのはなぜ・・・と母が問う
鷹を斧で殺しました・・・と息子が答える・・・(鷹は弓矢で殺すのだからこの時点で息子の嘘がすでにばれるが問い詰めが続く)

それに母親も気がついていながら、さらに問い詰めると、次に息子は馬を殺したといいさらに問い詰められると、最後に「父親殺し」を白状する。

この物語が怖いのは、最後に息子が言う言葉、「みんなお母さんにそそのかされてやったこと、お母さんを呪う」といい去るところにある、
息子に父親殺しをさせておきながら、そして其れを知っていながら、そ知らぬ顔をして息子を問い詰める「母親」の姿がなんともいえない恐怖感を醸し出す。

家督相続が起こって、父権社会から母権社会を取り戻すためなのか、あるいは男女の愛のもつれなのかハッキリしないが、小生は入り婿の父親が権力を持ち始め、従来母親から娘に家督相続させる慣わしが崩れるのを恐れた母親が、娘婿=義理の息子にそれとなく義理の父親を殺すようにしむけ、事が終わると、その息子もろとも葬り去ろうとした事件を物語にしたのだろうと推理している。

もしくは「近親相姦」めいたものも見え隠れするが、それなら息子は放浪の旅に出る必要は無いから、やはり「家督相続争い」なのだろう。、こうなって「母系社会」・・・今論議をかもしている「母系制」が守られる。つまり母親の娘が家督相続していく系譜が続くことになるのである。

この話の「おどろおどろしさ」をブラームスはあの「運命の動機」有名な「ミ・ミ・ミ・ド・・・・レ・レ・レ・シ・」の「リズム」を入れることによってあらわす。
曲の中盤以降から、数え切れないほどの「運命の動機」が小さく大きく、静かにそして激しく登場する。小生が数えた限りでは12回あるが、後2・3回は登場しているかも知れない。

ご本尊のベートーヴェンはもちろん、彼の信奉者の一人でもあるブラームスでも他の彼の作品の中で良くこの「運命の動機」を登場させるが、このように極端に使用するのは古今東西初めてのことだと思う。

ブラームスは其れほどまでして、この原作の「悲運」「恐怖感」「異国の物語のおどろおどろしさ」を表現した。ブラームスはこの「バラッド」に底知れない「恐怖」あるいは「人間の光と影」を強く感じたことだろう。非キリスト教的な「邪悪なものの存在」が脳裏を過ぎったのかもしれない。
そして「シューマン」「クララ」との人間関係も、なにかしら投影していたのかも知れない。

この物語の実在の人物が果たして誰であるか推理するのはこれからだが、とても面白いことだ。中世から18世紀辺りまでにブリテン諸島に起こった王族の跡目争いの様子をバラッドにしたものかもしれないことが大いに予測される。
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by noanoa1970 | 2006-02-27 09:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)