異説「山の人生」7・・・最終

「共同幻想」的に作られた多くの「真実」はあるようであるが、事件の因果関係的「事実」は「闇の中」、「藪の中」である。
事件から100年余りたった今、さらに「ひとつの真実」の形が最近かの土地にて、民間伝承の新しい形態となって登場することになる。
それを紹介しよう。
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「母情落日斧」は、明治三十七年、大和町内で実際に起きた「新四郎事件」を題材として作られた新作文楽です。
この事件は、柳田国男が『山の人生』の冒頭に「山に埋もれたる人生ある事」と記したものでした。
 平成十三年、人形遣いの中堅吉田勘緑が原作を書き、三味線の鶴澤燕二郎が作曲して、
九月一日、明建神社を舞台に初上演されました。
原作や舞台づくりには地元スタッフも参加して共同作業で制作された画期的な新作文楽です。

 明建神社の舞台を生かした野外公演の素晴らしい雰囲気もさることながら、
郡上の方言も取り入れた口語体や、現代的趣向もいくつか取り入れられたもので、
分かりやすく面白い文楽だとたいへんな好評を得ました。
翌年には屋内公演で再演され、今回郡上では三回目の上演となります。

母情落日斧あらすじ}

◎第一場 【新四郎棲家(春)】

 奥美濃大和の里の奥山に、新四郎は娘ナヲとその弟イチの二人の子どもを抱え、
焼畑や炭焼きなどをしてつましく暮らしています。母親はイチを産んで間もなく亡くなり、
その思い出は石塚に積まれて、母の教えを守る子どもたちの平穏な日々が続いていました。

       【同(夏)】

 母の形見の斧を振り回す弟イチをたしなめる姉ナヲ。
そこへ猪獲りのワナにかかって大けがをした父新四郎が帰ってきます。
三人が懸命に傷の手当てをする中、外にはホタルの灯が集まり母の姿となって現れます。
しかし、新四郎の傷はおもわしくなく、ナヲは寒水の庄屋の家へ奉公に出ることになりました。

◎第二場 【寒水庄屋ナヲ奉公(秋)】

 奉公先で健気に働くナヲ。庄屋夫婦にも気に入られますが、下男の六は面白くありません。
ナヲの色気にも気を惹かれる六は、夫婦になろうと言い寄りますが断られ、庄屋の銭とカンザシを盗んだと濡れ衣を着せます。
それに気づかぬ庄屋夫婦はナヲを解雇するしかありません。

◎第三場【寒水峠】

 庄屋を追われたナヲは失意の中、寒水峠を越えます。
失意が恨みへと転じる己の邪心に気づくナヲ。母を呼び、新四郎とイチの待つ古道へと急ぎます。

◎第四場【新四郎棲家・落日】

 傷だらけになりようやくたどり着いた我が家。
ナヲは亡き母親のところへ連れて行って欲しいと新四郎にすがります。
弟イチの願いも聞き入れて、新四郎は落日の陽が射しこむ中、形見の斧を二人の首に振り下ろすのでした。

      【同・二ツ塚(冬)】

 人気の消えた山里に雪が降り積もります。
浄土には再会を果たした親子の姿。思い出の二ツ塚の傍らには雪の中、九輪草が花を咲かせます

・・・・・・こうして「文楽」という「古典的技法による新しい形」で、「新四郎事件」および「柳田」の「山の人生」の話は語り継がれるのであろう。内容は「文楽」特有の「人情事件」「情話」として脚色されてしまってはいるが、この悲しい心中事件は、この先もその地域で長く語り継がれることになる。
そしていつのまにか「真実」と「事実」とが同じ水平線上に並ぶことになるのであろう。

しかし小生は 異説「山の人生」4の中の「異説その2」に直いっそうの説得力を感じるのである。

伝えられてきた古今東西の「民間伝承」「神話」「伝説」等の中には、このような形で変化しながら、伝えられてきたものも少なくないはずである。
ここに小生は
ワーグナーによる「ゲルマン神話」を素材とした「オペラや楽劇」に思いをはせるのである。
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by noanoa1970 | 2005-11-25 09:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)