「流刑の神々・精霊物語」・・・知られざるハイネのもう一つの顔

歌のつばさに君を乗せて幸あふるる夢の国へ
・・「メンデルスゾーン」が作曲した「歌のつばさ」
なじからねど心詫びて昔のつたえぞそぞろ身に沁む
・・「フリードリヒ・ジルヒャー」の手になる「ローレライ」。
日本では古くから知られており、親しまれてきたこの2つの曲の「詩」の作者が「ハイネ」である。「ハイネ」というと「ドイツロマン主義」の詩人、詩集『歌の本』の作者などしか思い浮かばなく、
古い人なら、「与謝野鉄幹」の「人を恋うる歌」中の、

「あぁわれダンテの 奇才なくバイロンハイネの 熱なきも  石を抱きて 野に歌う  芭蕉のさびを喜ばず」・・・(余談であるが、この詩はなんと16篇も続く)に「ハイネ」の名前があるのをご存知であろう。
d0063263_14195545.jpg
しかし「ハイネ」には余り知られてない側面があり、その一つが、「ユダヤ人」であったということ、分け有ってプロテスタントに改宗したことである。ドイツで活躍しようとした「ハイネ」であったが、ユダヤ出身というために、さまざまな苦労があったという。其れは恐らくユダヤ人からと、キリスト教徒両方からの「差別」的なもので、改宗することによって解決できなかったという皮肉な側面を持つことになる。「メンデルスゾーン」が「春の歌」に曲をつけたのは、同じ境遇のよしみがあったのかもしれない。「シューマン」の歌曲「詩人の恋」もまた「ハイネ」の詩によっている。
「リリック」テノールの「フリッツ・ヴンダーリッヒ」の歌う優れた音盤がある。
d0063263_1712304.jpg

もう一つは「ハイネ」の「流刑の神々・精霊物語」、「ドイツ・ロマン派」に見られるという、伝説。怪異・亡霊・幽霊などなどの怪奇小説、民俗史研究、反キリスト教史観、弱者の歴史観の作家であったという点である。
<ドイツ・ロマン派とはある意味で「中世の詩の復活」、その詩とは「キリストの血から咲き出た受難の花」「苦痛の歓喜のうちに魅力があるキリスト教」「精神を讃美するために肉を滅ぼしてしまいたいと考えているローマ・カトリック教」「専制政治のもっとも確かな支柱となった宗教」>  --ハインリヒ・ハイネ「ドイツ・ロマン派」より--

「流刑の神々、精霊物語」で「ハイネ」が言おうとしていることを
まとめた文章があるので引用する・・・・・・
キリスト教がヨーロッパへ入ってくるときに、いかにその前にあったもの、すなわちギリシア、ローマの神々やゲルマン民族の民間信仰などを圧殺してしまったかということなのです。圧殺と言うと変ですが、とにかく徹底的に古い伝説や信仰を排除し、それを迷信や邪教、あるいは異端として、いままでの民衆の土俗的な心というものを押しっぶしてしまった。ゲルマンの自然宗教を押しっぶしたばかりでなく、ギリシア・ローマの神話をさえ排除し魔女だとか小人だとかの異端的世界に封じ込めました。そしてそれがメルヘンの世界に出てくる物語りとして、民衆の考えの中にいつまでも残ることとなったのです>
ということになります


小生が学生時代に読みふけった「梅原猛」の著述、「神々の流算」も「ハイネ」と同じような視点で書かれた必読書であります。

「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」などワーグナーが使った古代の伝説、それらも実は「ハイネ」が伝聞を元に、脚色したものであったことは多分間違いないことだと考えられます。
「ワーグナー」は「ハイネ」を研究していた。・・・と考えるのであるが、「ハイネ」の歴史観とワーグナーの其れは微妙に違っていて・・・というより、ただ一点で相容れぬ関係であったのだろう。
其れを小生は「ハイネ」が「ユダヤ」の出生に起因しているのだと考えてしまう。

「ハイネ」にとっては、いかにキリスト教・プロテスタントに改宗しても「ユダヤ」の血を消し去ることは出来なく、しかも相変わらずカトリックを含め、あらゆる方面から続く差別・・・彼は憔悴しきってフランスに逃れる・・・「ローエングリン」「オランダ人」に「ハイネ」が投影した「キリスト教に侵食されようとする、異教徒の姿」の目論見をワーグナーは、自らシナリオを書くことにより、キリスト教的「救済」あるいは、女性の自己犠牲的愛による「救済」という姿に、見事に変身させてしまったのである
然るに小生はワーグナー以前の、「ハイネ」あるいは「ゲルマン伝説」そのものを知ることの重要性に気がつくことになるのであるが、残念なことに、それらを完全な姿で手にすることは出来ないのである。
[PR]

by noanoa1970 | 2005-10-16 08:54 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

Commented by kanbe48 at 2005-11-08 17:46
あのころはフリードリヒがいた、アップしました。