「ノックスヴィル:1915年の夏」バーバー
長い間探す旅をしてきたその曲名が昨日やっと分かった。思い起こせば1998年、長野県南安曇郡奈川村・・・現在は松本市に編入され、奈川地区となったところの、「クラインガルデン」
パンフもプログラムもなくしてしまって、・・・・・・「夏」そしてソプラノの独唱入り、の記憶しかなくなっていたのだが、家族、キルトなどその歌詞の断片が、翻訳機から読み取れたのを覚えていた。そしてその記憶しかないまま、見つからない時が5年以上流れた。
しかしつい最近のこと、思い出したように、検索してみると、かってなかったように、まるで嘘のように情報が充実していて、難なく探すことが出来、その曲がバーバーによる「ノックスヴィル:1915年の夏」であった。
「夏」に関連するクラシック音楽の必死の検索では「オネゲル」の「夏の牧歌」しか該当するものがなく、半分疑いながらも入手した音盤は期待のものとは違っていた。今回ネットで検索できたのは、多分演奏会当時の録音がCDになったこと、そして演奏会でよく取り上げられるようになったことによることにあるのだろうと思う。
以下がそのときの演目である。しかしCDにはベートーヴェン以外は入っていないようである。
ベートーヴェン:《レオノーレ》序曲第3番
ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68《田園》
プーランク:歌劇《カルメル会修道女の対話》
バーバー:ノックスヴィル~1915年の夏 作品24テネシー州の小都市ノックスビル(メンフィスの近郊)での子供の頃の思い出を語ったジェイムズ・エイジーの散文詩(A death in the familyという題の本にある)にバーバーが音楽をつけた曲。
1915年に意味があるのかどうかは分からないが、大正4年、第1次世界大戦の最中の年である。しかし米国はこの戦争には余り関与していないので、多分其れとは関係がなく。歌詞からは私的な家庭の思い出が読み取れる。「ある家族の死」という本の中の散文詩の翻訳を読んだとき
・・・家族の輪の、この世での崩壊と、天国での新しい家族の再会を歌った、・・・「永遠の絆」と同じようなものを想起した。
そう、これは、「永遠の絆」を歌ったものなのであるまいか?。
バーバーの作曲は1945年ということであるから、第2次大戦の終結の年、作詞、作曲が第1次、第2時大戦の年に絡んでいることは偶然であろうか?
ところで、余談なのだが、そして今でもいやな思い出なのだが、演奏会当日松本文化会館前の広場では、飲食のテントがいくつも出ていて、その一つが「カレー屋」さんであった。
その年の一月はやい夏に、あの「和歌山毒入りカレー事件」があって、そのニュースの印象が強烈だったものだから、テントとカレーの組み合わせを見て、これはお客さんが入らないのではないかと、家内と話したことを覚えている。・・・・かなり無神経な出店だと困惑したのをいまだに話すことがある。・・・・見ている限りお客さんは入っていなかった。
by noanoa1970 | 2005-09-24 09:10 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)
noanoaさんもそう思われますか。
戦争とノックスヴィル・バーバー・・何らかの因果関係があるように思われますね。バーバーについてその辺りの切り口で探ると、面白いかもしれませんね。またJ・エイジーに関しては余り参考資料がないようです。「猫」で「戦争と音楽」でスレを立ててみたらいかがでしょう?