Singin' In The Rain JUDYGARLAND

MGMレコードのジュディー・ガーランド集。
ミュージカルから選択されている8曲入っている。
有名な「虹の彼方に」もあるが、ここはSingin' In The Rain、語りそしてバースから入ったもので、「リトル・ネリー・ケリー(1940年)」の中で歌われたもののようだ。
有名なジーンケリーの「雨に歌えば」はこれよりもずいぶん新しく1954年。
中にレコードジャケット6枚分のおおきなポスターが入っていた。
天才子役とは、彼女のことを言うのだろう。

ターンテーブルのベルトをアルコールで清掃したので、何かが変わったかも。


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by noanoa1970 | 2013-02-24 13:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

Commented by Abend5522 at 2013-02-25 20:36
sawyer様、こんばんは。
短命だったガーランドですが、昔『オズの魔法使い』を見た時、日本がアメリカに戦争で負けたのも当然かなと思ったものです。
Commented by noanoa1970 at 2013-02-25 23:36
Abendさま。
テクニカラーというのでしょうか、1940年にカラーですからびっくりしたでしょうね。1958年にアグファカラーで小津安二郎が彼岸花をようやく撮影してます。太平洋戦争時にも米軍によってカラー撮影されたようです。
Commented by Abend5522 at 2013-02-26 00:31
sawyer様
アグアカラーはナチス・ドイツが開発したものではなかったかと記憶しています。テクニカラーは何といっても発色の良さが売り物でした。戦後になってコダック社のイーストマンカラーが有名になり、東宝特撮物では『空の大怪獣ラドン』がイーストマンカラー総天然色を謳い文句にしていました当時の日本のカラーフィルムは発色が悪かったのですが、中川信夫の『東海道四谷怪談』はこれを逆手に取って、あのおどろおどろしい情念の世界を描き上げたといわれています。
Commented by noanoa1970 at 2013-02-26 09:50
Abendさま。
アグファはドイツだと思います。小津によるとその当時赤の発色が世界一よかったからアグファを使ったそうです。ドイツかぶれの父親が、6×6版のアグファ使っていたような記憶があります。