樹木トーテム、菩提樹の不思議

小生は以前「シューベルトの鱒は本当に鱒なのか」と言うブログ記事を書いたが、奇しくも今回またシューベルトが絡んだ記事となった。

地母神信仰やマリア信仰の話題、そしてabendさんからの仏教における「母神信仰」の見解でやり取りしているのだが、小生がよく言葉として使用している「トーテム」に触れてみたいと思う。
トーテムというと、我々は「ト―テムポール」として認識してきたように思うが、アメリカ大陸の土着民のシンボルでもある、木で作られた彫刻のトーテムポールとは違うものということを確認しておかねばならない。
あれは大雑把に言えば、種族の紋章とも言うべきもので、信仰の対象ではないからだ。

ここで言う「トーテム」とは、信仰の対象のトーテムで、主に動植物がそれを担っていると思われる。
動物では「蛇」「牛」「鹿」など、古代それらをトーテムにした種族がいたことは、ほぼ明らかである。

植物ではどうかといえば、古代ケルトのドルイド教は「樫」「榛木」、北方ゲルマン民族は「トネリコ」などであり、創造植物の「ユグオドシル」からも、樹木信仰があったということが、いろいろな方面の言及や著述でもわかる。

トーテムとは自然神の肩代わり、例えば「豊穣」「復活」「毒」「強者」などに関係する事物の代わりとして「蛇」がトーテムとされたように、いわば姿の見えない自然物の代用品である。
従ってトーテムはいろいろな自然物の要素を中に持つことが多く、1つだけの要素を持つにとどまらない場合が多い。

トーテムは、地母神信仰・自然神信仰がもたらしたものであるが、それとは少し違うものに、仏教やヒンズー教には、ブッダが悟りを開いた時に座っていた樹木「菩提樹」信仰がある。
小生は、ブッダは「蛇信仰」の部族が出自だと推測するが、信者たちはブッダの代用としてあるいは「悟り」の代用として菩提樹信仰を手に入れることになったように思う。(違う見解があればご教示願いたい)
インド周辺地域には、仏像崇拝とともに未だに菩提樹信仰が残る。

西欧の場合は、一神教のキリスト教が発達する中、古代の自然神信仰は、破棄されたり吸収されたりし、イエス、マリア信仰に取り込まれ、原型を直接は留めがたくなった物が多いが、キリスト教の風習や祭りにその影が見えることがあり、ハロウイーンはその例だろう。
さて菩提樹といえば、小生などはシューベルトが「冬の旅」でヴィルヘルム・ミュラーの詩に曲を付けた歌曲が浮かび、ブッダが悟りを開いた時の樹木としての菩提樹はすぐには浮かばない。

ところが菩提樹を調べていくうちに、「菩提樹」というのは、ブッダが悟りを開いた樹木の「菩提樹」とは別種のシューベルトの「菩提樹」があって、「菩提樹」という名を付けられているが、全く別ものであるということが判明した。
さらに、我が国にも菩提樹があるが、それは中国の菩提樹と同じ「シナの木」だというが、これもシューベルトの菩提樹も、「西洋菩提樹」=シナの木で、日本に中国経由で入ってきた樹木と考えてよさそうだ。
インド菩提樹が、ブッダの菩提樹だということで、他のものは西洋菩提樹=シナの木のことであるというのが正解というわけだ。

一説には、インドの菩提樹信仰が中国に入った時に、インド菩提樹が中国には存在せず、気温の関係で育たないことから、外観が似ている「シナの木」を菩提樹と肩代わりさせたという。

シナの木など普段あまり気にしたことがないが、思い当たるのは表面にシナの薄板を貼った合板「シナベニア」ぐらいだろう。
シナの木を調べると、我が国では中部地方の中信地区に多い樹木だとされ、そのせいでか、埴科・倉科・仁科・明科・蓼科など「科」がつく地名が多いが、シナの木から由来しているかどうかは確証がない。
民俗的資料で、シナノ木を神木的にしていた集落があると面白いが、信州諏訪地区には神木信仰があるのは、諏訪大社の御柱祭りでわかる。諏訪大社に祀られるのは、具体的な神ではなく、自然新信仰の樹木信仰が先にあって、後で神社が作られたと思われる。

話をシューベルトに戻すと、今まで我々が菩提樹を聴いて、菩提樹はブッダの悟りの木と同じ菩提樹であると思っていたのが、見事に覆されてしまった。
菩提樹ではなくシナの木であったことは、ブッダの悟りの木から受けるイメージを、「泉に沿いて茂る菩提樹」で始まる「安らぎの木」として投影していたことが無残にも崩れてしまうことになった。

菩提樹ではなくLinden-baum、 baumが樹木であるからリンデンは他になにか意味があるのだろう。
こんなものが見つかった、『Lindenとは、シナノキ科で花と苞から抽出され、緑をおもわせるさっぱりとした、ソフトな甘い香りを放つ精油です。西洋菩提樹ともいわれていて、リラックスを促してくれます。』

歌曲でLindenbaumが旅人の青年に、「ここに来なさい、青年よ、ここで休んでいきなさい」と呼びかけるのは、安息を意味し、安息は死に繋がることであるという説がある。
小生は「冬の旅」は「死への旅」であると思っていたから、この話はうなずける所があると思った。

冬の旅は死への旅とおなじこと、つまりLindenbaumの呼びかけは、もうこれ以上死への旅・・・・死へと自分を導く冬の旅だが、死のうにも死ねない苦しさが現れているものと思っているが、もうそういう苦しい旅はやめてここで休みなさい=終わりにしなさい=安息を求め死になさいと言っていると解釈するものだが、納得はできる。
真冬の夜に樹の下に横たわることが、死に直結するから、そういう解釈も成り立たないわけではない。

そうするとシューベルトの西洋菩提樹は、強引だが「安息」のトーテムで、背景は優しさと愛情を注ぐ神、地母神信仰の母性愛の樹木信仰とすることができそうだ。
オンブラマイフの木陰とは、シナの木の木陰である可能性だってある。

そういえば「ニーベルンクの指輪」で、ジークフリートが大蛇退治をするときに大蛇の毒である血を浴びそうになるが、背中のLindenbaumがそれを守ったという件があるが、Lindenbaumがやはり青年をまもる地母神で母親的存在のトーテムとすることが出来るかもしれない。古代北方ゲルマン民族の中に、西洋菩提樹トーテムがあったと推測できる。

同じニーベルンクの指輪の中のフレイアのトーテムが菩提樹であったという話があり、フレイアを祀った祭壇が破壊され、その跡に聖母マリア信仰の寺院が建てられたという話もある。
フレイアは、美、愛、豊饒、戦い、そして魔法や死を守護する北欧神話の太母。美しい女性の姿をしており女性の美徳と悪徳を全て内包した女神で、非常に美しく、自由奔放な性格で、欲望のまま行動し、性的には奔放で月の神でもあったという。。

何れにしても、樹木信仰はその樹木の種類は変われど、太古の自然神信仰・地母神信仰のトーテムであったことはまちがいない。

ただ自然神信仰は、現世利益のための信仰であるから、何かの役に立つもので無くてはならない。
ウイキペディアでは、
「ヨーロッパでは古くから植えられ、木材は楽器や木彫材などに利用された。また、樹皮は繊維を採るために利用され、ハーブとしても利用されティユールで知られる。」
としてあった。上のリンデンの効用も同じようなことだ。
更にLindenbaumに関係する地名が、ロシアにまで及んでいたことは、この樹木信仰の民が多かったことを示すものだろう。
ライプティッヒもLindenbaum由来、ベルリンの大通りウンター・デン・リンデンもそうだという。
他にも地名や氏名にもLindenbaumの影響は多くあるようだ。
ゲルマン民族の分派は、主にLinden-baumとoakをトーテムにしたのではないかという予想を立てることができそうだ。

「菩提樹」は、インドと(ヨーロッパ、中国、日本)とは別種の樹木であるが、いずれもが樹木トーテムとなっていることは、実に面白いことである。

なおブッダの菩提樹は、熱帯植物なので、亜熱帯や寒冷地域では育たないと言われ、インドでは30Mの巨木もたくさんあるということです。
従って普通の人はインド菩提樹は見てないことが多く、逆にシューベルトの菩提樹のほうが眼に入ることになります。

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by noanoa1970 | 2012-11-11 11:05 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(3)

Commented by Abend5522 at 2012-11-11 15:48
sawyer様、こんにちは。
「或る日の夕暮なりしが、余は獣苑を漫歩して、ウンテル・デン・リンデンを過ぎ、我がモンビシユウ街の僑居に帰らんと、クロステル巷の古寺の前に来ぬ。」と、鷗外の『舞姫』にもありますね。"Linden"は、これだけで「シナの樹」という意味のようですから、"Lindenbaum"は「シナの樹の年輪」という意味ではないでしょうか。しますと、指揮者のリンデンベルクは「シナの樹が茂った山」というほどの意味かと思います。
Commented by Abend5522 at 2012-11-11 15:54
続きです。
「菩提樹」は、サンスクリット語ではピッパラといいます。釈迦がその下で悟りを開いたといわれるので、「悟り」を意味する「ボーディ」の音写である「菩提」が当てられました。英語で"bodhi-tree"というのは、これをそのまま訳したものですね。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-11 16:28
Abendさま、コメント有難うございます。
小生はドイツ語に疎いもんですから、「リンデン」の付く名称をすぐに浮かべることができませんでした。「フレイア」そしてジークフリートが「西洋菩提樹」と絡んでいるということは面白そうなことだと思っています。北方ゲルマン民族と樹木はかなり関係が深そうです。