Nigra sumをめぐって、古代宗教を観察する

黒いマリアの出自には、いろいろな説があり、エジプトの地母神イシスと、キリスト教が伝搬していく中で、イシスの肌と黒色が母なる大地の色であるという仮定から、聖母マリア像との集合体であるという説がある。
小生は、黒いマリアと言われるものを、ケルトの地母神信仰、ドルイド教の偶像・・・トーテムで合ったと推測する。
さらに、ソロモンの「雅歌」の一部、「Nigra sum, sed formosa・・」、「私は黒い、そして美しい」、あるいは、「私は黒いが美しい」というところから黒いマリアが発祥したという説もある。
実際黒いマリアが設置される教会などでは、マリアが黒いことの説明を、ソロモンの雅歌に求めることがある。
しかし、小生は「雅歌」がソロモンの作とは到底思えないし、雅歌という庶民の赤裸々な愛を歌った戯れ歌的性質から、これは後世カトリック教会によって、理由づけされたものではないかと考えている。

youtubeのものは、最初がオクターブ下げで歌われるが、このほうが神秘的に聞こえる。

ケルト発祥説と同じぐらい、いやもっと高大な説があり、それはインド北部からイランに分布したとされるアーリア人が信奉したのが「ミスラ」で、「ミトラス教」に変化する宗教である。
ミトラスは、「牡牛を屠るミトラスの図」が示すように、牛をトーテムとする集団が信奉するものでもあった。
ミトラスが後のバール信仰とつながることは、牡牛をトーテムとすることで推測が付き、「ミスラ教」の分派がアフラマズダを神とするゾロアスター教で、光と暗闇といった2元論の光、つまり太陽信仰になる。

またミトスラが「マイトレア」と同源だとすれば、マイトレアは「弥勒」となり、救世主という性格を持つが、これはキリスト教にも、ミストラあるいはミスラ教が影響したことに繋がる。

釈迦はキリスト教で言う預言者エリヤで、イエスが弥勒と考えると、マイトレアの発祥のミスラあるいはミトラス教が、アーリア人の移動と、先々の郷土信仰が習合して、現在の主な宗教の元になったと仮定できるという事に広がっていく。

アーリア人説は、大まかにはそういうことも考えられるが、仮説にしては少々大ザッパだし、そもそもアーリア人そのものが何者であったかが特定できないから、にわかに信用に足るものではないような気がする。

地母神とその後隆盛する宗教の習合が黒い偶像で、黒が地母神の象徴の色、そして地母神が女性だったとしたら、黒いマリアのような黒い女性偶像がもっと各国に見られてもいいはずである。

abendさんによれば、日本には大黒様があり、この出自はヒンズー教「マハーカーラ」と言い、マハーは大、カーラは黒いとされることから、暗黒の神とされ別名が「シヴァ」である。仏教では、大自在天の化身で戦いの神の役割を担い、密教では毘廬遮那仏の化身とされているから、日本では黒と地母神的(土着の神)要素のオオクニヌシが結びついたことになる。
破壊の神とオオクニヌシは小生の頭の中では、結びつかないが、

オオクニヌシとマーハカーラが習合したのが、大黒様といってよいだろう。
しかし、黒いマリアは女神であるが、大黒様は男神である。

地母神には男女の区別がないのだろうか、しかし各国の地母神は、そのほとんどが女神であるから、大黒は自然発生の神ではなく、後付されたものと考えられる。。

ミトラス(ミスラ)信仰は、「牛」がトーテムとされるのと同様「蛇」もそうであったことは、多くの人が指摘することである。

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ミトラス信仰が分派したことは、後の牛トーテムのバールと蛇信仰に痕跡が見られるが、何れも、再生、復活、輪廻転生といった、豊穣に繋がる太陽と水、それに労働力と牛乳、チーズ、バターの供給力としてのめぐみのトーテムであったと考えられる。自然神信仰が現世利益主義となるのは当然であろう。

インド北部では蛇信仰、「ナーガ」信仰があるという。

蛇信仰は龍信仰と合体して、神体へとなってて行く。
スサノオのオロチ征伐の話は、いろいろな解釈があるが、同系同士の闘いのように小生は思う。
製鉄か製銅技術を持つ「蛇信仰」集団のが、周囲を征服していくのを、牛信仰トーテムのスサノオが阻止することによって、スサノオが製鉄もしくは製銅の技術を入手する。

ここに蛇信仰と牛信仰の習合の姿があり、これはミトラス信仰(祭儀のため牛を葬るミトラスには蛇が巻き付いている図がある)と一致することになっていく。

インド北部では、蛇信仰の部族が現在も存在し、「ナーガ」=コブラをトーテムとしており、この原始信仰はヒンズー教・仏教にも影響しているという。
蛇信仰の奇跡は全国にあり、我が国においても、三輪山、大神神社がそうであるとともに、ナーガ、ナーギはイザナギ、イザナミと、日本書紀の神の名前にも存在する。

雨神・豊穣神・穀物神・脱皮・変身・新生・永生といったものと結びつくのであろうが、主たるものは「水」。
農業には水は欠かせないもので、同じように太陽の光もそうであることから、蛇と太陽が同一神になったという説もある。

地母神信仰の中には蛇信仰の種族もいたと思って間違いないし、むしろこのほうが主力であった可能性が高いことは、世界各国に蛇信仰が存在したということからもわかる。

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シュメール人がアーリア人の分派だとすれば、古代メソポタミアに流れてきた時に、ミトラスの牛信仰も伴ってきたが、メソポタミアの土着の信仰は、自然神地母信仰でも、牛ではなく、蛇信仰であった。
ミトラ教の信者たちの分派であるゾロアスター教における太陽神の信者は、図にあるアイオーンを信奉したと言われる。(獅子と蛇が習合しているとされるが、獅子のように見えるがこれは牛ではないか、手に持ってるのは折れた牛の角であるように見える)

アーリア人の分派には放牧民がいて、遊牧民がその地に定着することによって、土着の蛇信仰と牛信仰を習合することになったのではないだろうか。(もちろん、習合はせずに各々が残ったことも十分考えられる)

エデンの追放が、蛇の悪知恵に騙されたイヴによって、アダムにまで及んだことは、蛇を豊穣の神の座から悪神に引きずり下ろすこととなり、女性の蔑視という男系のユダヤ教・キリスト教の思想に反映され、カインとアベルの殺人事件の真相は、農耕民族と狩猟民族の争いであり、ここでは狩猟派が勝利した(ように見せかけたのかも知れない)。

狩猟から農耕へと時代は変わるが、狩猟民族の血と、かつて信奉したトーテムの記憶が、聖書の中にあるものと思われる。(ストレートな変化ではなく、地域によってその繰り返しがあったに違いない)

近親憎悪というものは、宗教にも存在し、牛をトーテムとするバール神の一派と、バール信仰からエキスを取り込んだ原始キリスト教が対立に至ったことは、聖書の中に、エリヤとバール神官の対立勝負で記されているが、この勝負は出来レースで、牛をトーテムとするバール信者に牛が殺せるはずがないので、預言者エリヤの勝ちと最初から決まっていたことである。

牛と蛇に見られる自然神信仰と、一神教キリスト教は、発祥の源は同一だったものを、「救済」という概念を用いることと個人崇拝によって、民衆を宗教的別次元に導いたことに勝利の要因があったのではないか。

マリアを神の如くにまで登らせたことは、地母信仰の民懐柔策として読み取ることができそうだ。
後の「改宗」にも、マリアは役に立ったことだろう。
もともとは、異教徒の偶像であった黒いマリアも、宗教的分派が盛んになった頃・・・・宗教改革でカトリック勢力が落ち込んだ時期に、純粋宗教的目的というより、無宗教層の取り込みや改宗目的に使われ、その存在出自理由も、後から都合よく付けられていったものと考えてよさそうだ。
マリアが持つ女性・母親の優しさが、地母信仰の精神的支えを補った。

1つ気になるのが、考古学的遺物の、黒い偶像の有無と分布であるが、データーは入手できなかった。
黒いマリアも10世紀までは遡れるそうだが、それ以前のものは未発見だ。

大勢の学者が言うように、地母神を象徴する大きな要素の1つが「黒色」であるとするならば、BCの古代遺跡から黒い偶像やそれに代わるものが、多く出土してもいいはずである。

そうした中、雅歌である「Nigra sum・・・」は、宗教的な意味付をすることで、黒いマリアとの関連を意味づけしたものではないかと考える。
雅歌は聖書の傍流に取り上げられているが、本来庶民の遊興の歌、男女の恋の戯れ歌だと考えて良いのではなかろうか。
こういったものを聖書に挿入した意図は、どう考えても腑に落ちない。

モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」の第3曲にNigra sumが存在する。
曲になっているこの部分だけならば、男女の恋愛の戯れ歌とは思えず、王をイエスと解釈すれば、この女性からマグダラのマリアを想像できないこともない。

しかし全文を読むと、赤裸々な恋の歌でいっぱいであることがわかる。
まるでエロ小説の体をなしているからだ。

モンテヴェルディ(所有の音盤【演奏】コンラート・ユングヘーネル(指揮&リュート)、カントゥス・ケルン、コンチェルト・パラティーノ)は、ハイテナーのアカペラソロで歌わせているから、宗教的な響きが強まっているし、メロディは平坦で、まさに「祈り」というものに近いような気がする。(ひょっとするとグレゴリオ聖歌が元になっているかもしれない)

Nigra sum sed formosa filia Jerusalem
肌は黒くとも美しい娘、私はエルサレムの女

Ideo dilexit me rex,
et introduxit in cubiculum suum,et dixit nihi
Surge,amica mea,et veni
王は私をみ心にとめ
御前に召してこういわれた

Jam hiems transiit,imber abiit et recessit,
flores apparuerunt in terra nostra,
tempus putationis advenit立て、わが愛する者よ、来たれ
はや冬は去り、嵐も遠のき
地上には花が咲き乱れ
そして、かり入れの時がくる

蛇足だが、モンテヴェルディは「アヴェマリア」にかなりの力を注いだようで、8分あまりもかけて、サンタマリアを、ソロ中心に歌わせて10回以上繰り返している。「グロリア」が7分あまりで、他の楽曲は1から2分で終わる。
聖母マリアの晩祷であるから当然といえば当然だが、しかし曲のバランスと各曲の構成の意味合いがわからない。

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by noanoa1970 | 2012-11-06 21:21 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(11)

Commented by Abend5522 at 2012-11-06 23:29
sawyer様、こんばんは。
"Nigra sum sed formosa filia Jerusalem"ですが、逆接の接続詞"sed"で結ばれているのは"Nigra"と"formosa"ですね。「黒い」と「美しい」が逆接の関係にあるわけですから、"Nigra"=「醜」
という差別的イメージが定着していたのでしょうね。
"formosa"は、"filia"、"Jerusalem"のどちらを修飾しているのかも謎です。"formosa"が形容詞の女性形だとしても、"Jerusalem"が女性名詞だとしたら、"formosa"の被修飾語になりますね。「私は黒いが、美しいイェルサレムの娘」なのか、「私は黒いが、イェルサレムの美しい娘」なのかが気になります。
Commented by Abend5522 at 2012-11-06 23:56
続きです。
ナーガは、佛教では天龍八部衆として取り入れられますが、インド神話では半蛇(コブラ)身のナーガ族のことで、その王国であるパーターラは地底にあります。
創造神ブラフマは、自分よりも創造の力に長けている暴風神ルドラに世界の創造を依頼し、パーターラへ行って創造を為せと命じますが、パーターラへの行き方がわからずに立腹していたルドラに大地が助言を与え、感謝したルドラは、大地を牛と呼び、パーターラをゴカルナ(牛の耳)と呼ぶことにしました。また、ルドラの妻である女神プリシュニーは牝牛です。
ルドラは後にシヴァやアスラと同体視されますが、シヴァは首にコブラを巻きつけていますね。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-07 00:32
Abendさま、こんばんは。
コメント及びご教示ありがとうございます。
難問が多いので、考える時間が必要ですので、コメントのお返しは、明日にさせて頂きたい存じます。よろしくお願い致します。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-07 10:48
Abendさま、こんにちは。
ご教示ありがとうございます。
Nigra sum, sed formosa とカンマが入り、「エルサレムの娘たちよ、わたしは黒いけれども美しい。」となるという意見もあるようですし、接続詞もandとbutの両方の説があるようです。どちらにしても大意は汲み取れますから、あまり小生は気にしていません。
ナーガについては、20年前に「鹿島昇」の書物を読んだとき、の本陣はどこから来たかに書いてあったのを覚えていて、ナガイがナーガ=蛇から着ているというようなことを言っていましたので、
長野の山村、奈川村に小屋を借りていた頃、奈川=大示川と昔言ったという話を聞いて、nagawa=ナーガ、daiji=daijaではないかといいう仮説を立てたことがありました。ご説明で「牛」と「蛇」のつながりがあるということがわかり、トーテムの習合があったことを想像させます。このことはナーガ族を含むインド北西部だけではなく、メソポタミア、レバノンあたりまで共通した話だと仮定すると、話が面白くなりそうです。日本においてもスサノオやツヌガアラヒトといった牛トーテムの種族とその前から土着していた蛇信仰のイザナギイザナミとの交流交代を探るのも面白そうです。
Commented by Abend5522 at 2012-11-08 00:24
sawyer様、こんばんは。
"sed"については、瑣末なことにこだわったとは思いますが、「黒い」ことに対する当時の価値観に思うところがあったような次第です。
「奈川=大示川」というのは、大+示→奈という解字によるものだと思います。「奈」は「木」と「示」の会意文字で、部首は「木」です。調べて見ますと、「木」は唐梨すなわちカリンのことで、「示」は「祭ること」とありました。カリンを供物としたことに由来すると思われます。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-08 10:14
Abendさま、こんにちは。
奈川の話は村人から聞いたもので、古い伝説のような話とのことでした。昔はダイジガワと呼んだそうですが、いつからか・・・小生は漢字文化が入ったころだと思いますが・・ダイジガワという発音に漢字を当てて、恐らく大事川か、くねくねしていることから大蛇川→大示川=奈川という風になったのではないかと、その頃は語呂合わせで勝手に思ったということです。奈が「花梨」であるとのご教示をいただきまして、ひょっとすると、花梨をトーテムにする種族がいたということになるかもしれませんね。あの地区は外からも入れないような孤立した村で、野麦峠によって岐阜県と、境峠によって木曽、梓川沿いに松本と結ばれるという地の利の悪いところです。苗字も3つほどありますが、ほとんどがその3つに集約されることから、村人は下の名前で呼び合っています。花梨は諏訪が今でも産地といいますから、諏訪氏の祖先の代から神木的扱いをしていたかもしれません。諏訪は樹木トーテムの民の土地ですから。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-08 10:23
続きです。
全く根拠のない話ですが・・・
牛と蛇の習合の話は、ひょっとすると、「エリヤ」に出てくる、バール神官とエリヤの対決、そしてその後のイスラエルの民の改宗の話に現われていると見ることができそうな予感がします。雨が降らなくて干ばつによる飢餓に苦しんでいたイスラエルの民は、牛をトーテムとするバール信者でしたが、そこにエリヤが登場し、雨を降らせます。雨を降らせる神は蛇あるいは龍といった蛇信仰者ですから、つまりエリヤは蛇信仰の預言者ということもできそうです。バール信仰とユダヤ信仰の集合の一コマ、牛と蛇が集合したということのような気がします。
Commented by Abend5522 at 2012-11-08 22:34
sawyer様、こんばんは。
私のブログにも書きました『法華経』では、龍女成佛を宣揚する「提婆達多品」は、釈迦の尊称たるゴータマ(最高の牛)→『法華経』の火宅三車の喩で示される大白牛車(『法華経』で説かれる真理を例えたものです)とは別系統のものが編入されたものではないかと、私は考えています。『法華経』と双璧を成す経は『華厳経』ですが、『華厳経』は龍宮に保管されており、それには上本・中本・下本があって、地上に伝わったのは下本のみで、それは「空」の思想の祖であるナーガールジュナ(龍樹)が龍宮からもたらした、そして彼を龍宮に連れて行き、『華厳経』などの大乗経典を学ばせたのはマハーナーガ(大龍菩薩)だという伝説があります。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-09 06:31
abend様、おはようございます。
ご教示頂いたものをどのように解釈して良いのか、知識がないのでよくは分かりませんが、ガールジュナは、ナーガですからどう考えても蛇が見え隠れします。大乗小乗仏教のことは詳しく存じあげないですが、「龍宮」に行って大乗仏教を学んだという、龍宮とはどこのなにを指すのか、普通は海だと言う考えが頭をめぐりますが、龍宮とはナーガつまり蛇トーテムの民族の故郷、ブッダもナーガ族であったという説があり、マーヤーが身ごもったとき、ナーガ(像とされているが同じ発音のナーガ)が脇の下からブッダが生まれるのを補助したという逸話は、ブッダがナーガ信仰者で有ったことを物語るものかもしれません。大乗仏教の黎明期に、ナーガ族によって整理され布教する必要から、ナーガリュージュがその役目を果たした、そして龍宮とはブッダの生地のナーガ族のことではないかと想像します。ブッダの頭の巻き髪はひょっとすると蛇を表すのかもしれません。仏教やヒンズー教と「蛇」は相当関係がありそうです。
Commented by Abend5522 at 2012-11-09 22:21
sawyer様、こんばんは。
おっしゃるとおり、龍宮はナーガ族の国です。また、ナーガールジュナは南インドの人で、漁業を糧としているドラヴィダ人であったと思います。
釈迦の巻き髪は螺髪(らほつ)といい、智慧を表すものですが、あの形は巻貝です。インドに古くからあるマトゥラー様式によるもので、髪が波型であるガンダーラ様式と双璧を成します。マトゥラー様式による佛像は2世紀頃に造られ始め、それが中国を経て日本にもたらされました。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-10 03:15
Abendさまおはようございます。
またまたのご教示ありがとうございます。
ブッダの周りに蛇が有る図を見たので、推測で頭も蛇ではないかと思ってしまいました。ブッダがサカ族だとすると、サカ族は蛇信仰の種族だという説があるようですから、もしかすると蛇がとぐろを巻いているところを頭上に持ってきたのではないか。髪の毛が段々になっているブッダの図もありますし、シバ神の頭そして手に持っている法螺貝は蛇がとぐろを巻いたようにも見えます。シバ神とブッダが習合したとすると、法螺貝の渦巻きは蛇であり、蛇のとぐろから法螺貝にされたと考えるのはおかしいでしょうか。関連はわかりませんが、ギリシャ神話のメデューサのように、髪の毛が蛇の悪神もいました。