プーランク「黒い聖母像への連祷」

マリア信仰のことを書いていて、黒いマリアの存在などから、プーランクが作曲した「黒い聖母像への連祷」を聴かなくてはと思った。

プーランクの宗教曲としては、「スターバト・マーテル」や「グローリア」があり、何れも美しい曲だ。
プーランクの両親は、敬虔なカトリック教徒だったそうだから、恐らくプーランクも両親の姿を見て育ったのだろう。

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「黒い聖母・・」は、彼の友人の死をきっかけに、プーランクが、その頃滞在した地の傍にの、断崖絶壁に建つロカマドゥールの礼拝堂に置かれた黒いマリアを見て1936年に作られたという。

聞いたのは、アンリエット・ピュイグ=ロジェ(オルガン)
フランス国立放送少年合唱団
ジャック・ジュウィノー(指揮)

オルガン伴奏に寄る3声のコーラスで出来ていて、5音階のような旋法的手法を使用した、静謐で神秘的な音楽である。

聖母マリアを扱った、スターバト・マーテルが、悲しみの中に時々見せる天国的、楽天的な音楽とは少し傾向が違うが、それは、「神秘性」というようなものを、黒いマリアから嗅ぎとったプーランクの表現であろう。

三位一体を賛歌にしたとともに、最後に聖母マリア讃を加えていること、しかもかなり世俗的な願いをしていることに特徴があり、このあたりがマリア信仰が多くの信者を獲得していったことの、1つの要素かもしれない。

黒いマリアが発見されたその地には、教会が建てられ、ノートル・ダムとされた。
Notre-Dame,
dont le pélerinage est
enrichi de faveurs spéciales.
お参りするから、めぐみをください。

priez pour nous.
Afin que nous soyons dignes de Jésus-Christ.
イエスキリストのようになれることを願って、我らをお守りください。

いかにも世俗的でご利益主義的である。
マリア信仰が地母神信仰からの変化発展あるとすれば、それは当然のことだといえる。

豊作をもたらすことが、地母神信仰の要素の大きな1つであるから、祈り、お参りと豊作の約束は1対であったろうから。

お賽銭を投げて、利益を祈る現代の神社の扱い方とほぼ同じことである。
これは本来の、例えばキリスト教とはかけ離れ世俗主義的発想だが、恐らくこういうことが宗教の原点で合ったことと考えてもまちがいない。

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最近入手したプーランク作品集は、ほぼプーランクの全貌がわかる内容となっていて、歌劇『カルメル会修道女の対話』全曲、歌劇『ティレシアスの乳房』全曲、歌劇『人間の声』全曲、カンタータ『仮面舞踏会』、その他歌曲。
そして主要管弦楽、協奏曲などが、20枚に収録されたもの。

タッキーノ、デルヴォー、プレートルといったフランス音楽のエキスパートの録音や、パユの最新録音も含まれる。
フランス音楽好きであれば、多少ダブっても、入手して損はない。
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by noanoa1970 | 2012-11-04 11:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

Commented by こぶちゃん at 2012-11-04 16:57 x
レンヌルシャトーに始まり、最近ではダヴィンチ・コードでも取り上げられた黒のマリア。
実態はキリストの妻と囁かれ、その娘を身籠ったマグダラのマリアで、ダヴィンチの最期の晩餐ではキリストの傍らでMの文字を表現することで彼女を表していたとか、様々な説がありますが、プーランクがそんな楽曲を残していたとは知りませんでした。
後で調べてみますね。
Commented by Abend5522 at 2012-11-04 20:15
sawyer様、こんばんは。
また一曲、おかげをいただき聴くことができました。YouTubeにオルガン伴奏、管弦楽伴奏の両方がありました。時に鳴る切断するような強奏とオリエント風の旋律が印象的です。ご提示の歌詞も合わせて思いますに、御詠歌のような感じがします。
画像のマリア像は、顔も体型も細いですね。佛像でいえば、止利系の像みたいです。マリア像も、ガンダーラ佛のようにギリシア彫像の影響を受けた流れが現在のような姿になったのでしょうか。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-04 21:31
こぶちゃんさん
Abendさんによると、youtubeに有るとのことです。
小生のは、オルガン伴奏ですが、管弦楽伴奏のものもあるということです。黒いマリアの出自は、マグダラのマリア始め、地母信仰に遡るまで、その発祥時代も様々です。ですから推理するのは非常に楽しみなことです。
Commented by noanoa1970 at 2012-11-04 21:48
Abendさま、こんばんは。
連祷を、プーランクはLitanyと表記しれていますので、カトリックの聖歌でもありますが、内容からプーランクは嘆願の意味を持たせています。
ご利益をくださいと言わんばかりで、教会で正式に使用するためというより、合唱曲としての利用が重点のような気もします。特に黒いマリア像は様々な像の習合のように感じます。出現場所によって、かなり違う顔も持っています。
Commented by Abend5522 at 2012-11-05 21:27
sawyer様、こんばんは。
調べて初めて知ったのですが、山形県の鶴岡カトリック教会にも黒いマリア像があるのですね。教会ができた明治時代に、フランスの修道院からもたらされたということですが、その紹介記事に旧約聖書のソロモンの雅歌にある次の一節があって、興味をひかれました。

『イスラエルの娘たちよ、私はケダルの天幕のように、サルマハの幕屋のように、黒いけれども美しい、私の焦げた色に目をとめるな。私は陽にやけた』
Commented by noanoa1970 at 2012-11-05 22:36
Abendさま、こんばんは。
ご紹介いただいたこと、知ってはいましたが、紹介記事がなぜこの記事を引っ張ってきたかも興味あるところです。
「私は黒い、だが美しい」のあとは日焼け、すなわち太陽の元で働いたからというものが続きますから、黒いマリアとの関連がよくわからなかったのですが、エルサレムの娘に告げていること、中で出てくる「王」への献身性から、キリストを慕う「マグダラのマリア」の言葉を代弁したようにも取れますね。もともと肌がアラブ系の人だったのか、白い肌が日焼けでそうなったのか。アラブ系の肌の色をしていたと思うほうが自然でしょう。またモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」に「私は黒い・・・」があります。これ明日聴いてみます。