「赤とんぼ」團伊玖磨の指摘

2.山田耕筰の作曲法上の問題点の指摘・・・について触れておこう。

北原白秋作詞・山田耕筰作曲
からたちの花
からたちの花が咲いたよ
白い白い花が咲いたよ

からたちのとげはいたい
青い青い針のとげだよ

ペイチカ
雪の降る夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょ
むかしむかしよ 燃えろよペチカ

雪の降る夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ おもては寒い
や栗やと 呼びますペチカ

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2つの唱歌の(下線部分は最も顕著)いずれもがメロディと発音(アクセント)が調和されていることが分かる。
「山田耕筰」に対する評価や、特徴として以下の記述を引用する。

「山田耕筰」の歌曲が特に秀でている理由は、日本語のイントネーションやアクセントがそのままメロディに生かされている点にある。」
「日本がヨーロッパ近代音楽を取り入れようとした時の最大の問題が、このヨーロッパの歌曲風のメロディと日本語をどのように結び付けるかであった。」
「その中で耕筰はその鋭い耳によって日本語のアクセントが高低アクセントであるということを感覚的に感じ取ったのである。」
「そしてそのアクセントをメロディと融合させることによって「からたちの花」を初めとした名曲の数々を世に送り出していった。」
「いかに彼の影響が今日まで日本の音楽に影響しているかを感じ取ることが出来る。」
「一音一音に母音を伴う日本語の魅力を、その響きとつながりの中に見いだし、言葉の美しい音の線を描き出すことを、最も重要視していることを実感した。」

これら山田耕筰の作品の持つ特徴と、評価が有るにも拘らず、「赤とんぼ」ではその特徴がない・・・・「それではここはどうなんでしょう」と言って指摘をした人が、「團伊玖磨」であった。
恐らく「團伊玖磨」は今までの山田耕筰の作品と、「赤とんぼ」を比較して、「ゆうやけこやけのあかとんぼ」の出だしの「あかとんぼ」の「あか」に言及し、「か」・・・つまり「あ」にアクセントを置くのは山田らしくない、あなたの作曲法に反しているのはなぜか・・・と問いただしたというのだ。小生はこの指摘の背景には、「シューマン盗用説」が存在するのではないかと睨んでいる。・・・つまり山田にしては作曲法がおかしいから、このメロディは無理やり・・・・シューマンから盗ってきたもの・・・と本当は言いたかったのではないか・・・本来なら「あ」にアクセントが置かれなくてはならないはずだということは、「シューマン盗用説」に立脚してのことであろう、と推測してしまう。

しかしこの論争は「團伊玖磨」の完全敗北であった。その理由は明治期以前のの江戸弁と、いつの間にかそうなったいわゆる「標準語」の相違があって、山田は伝統的なアクセントを採用したから、「あ」にアクセントを置いた。念のため下町の古くからの江戸っ子に、あるいは古典落語家に聞いてみると、やはり「山田」の言通りだったそうである。山の手の住民「團」はそのことを知らなかったのである。

小生も学生サークル「DRAC日本音楽G」でで山田について勉強したときに、イントネーションを大切にする山田にしては「あか」の「あ」のアクセントはおかしい、と思ったことがあったが、流石山田耕筰、自身の信念は曲げていない・・・・ことが漸く分かって、ほっとした。

               追伸
いまふと思ったのだが、「赤とんぼ」には「山田耕筰」のほかの作品にはない特徴がある。
それは「赤とんぼ」の「あか(とんぼ)」の音階が「ラ・ド・(ド・レ・ミ)」ラ・ドと「6度」もはなれてれていることである。これは小生の知る限りの「山田耕筰」の童謡唱歌にはなかったもの。・・・・少しだけ「山田の作品らしからぬ」という感じがしたので、素直に書いておくことにする。・・・もしかしたら「團伊玖磨」もこのことに気づいていたのでは、あるまいか。
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by noanoa1970 | 2005-08-30 09:18 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)