岡田財閥のCSR、無料コンサートに行った

「AEON」でおなじみ、三重県の豪商財閥、岡田財団が、たびたびCSR活動の一環でクラシックコンサートを開催する。

小生が勤務していた会社は、今はどうかわからないが、バイオリニストのイツァーク・パールマンを招へいしたコンサートをよく開催し、小生は名古屋公演の担当者になったことがあった。
担当したおかげで、肝心のコンサートには参加することができなかったのが残念でならない。

今回は地元桑名での開催で、しかもオケも指揮者も外国人というのは稀なこと。
桑名でのクラシックコンサート、知る限り、外国人指揮者、外国オケのマーラーは過去に一度も演奏されてないと思う。

1200名無料招待というから大盤振る舞いであり、弱小地方都市での開催だから、たぶん抽選には漏れないであろうと応募し、招待券をいただけることになったが、クラシックとは縁のない人も、FBで知ったが、四国から来て大阪公演を聞いたのちに桑名に参戦したという、コアなファンまで、おそらく観客は多種多様であろう。

少しだけ遠慮をして1枚だけリクエストしたが、複数で来場した人も多く見られたから、欲を出すべきだったと後悔している。
しかし欲を出すとハズレとなることが多いから、これでよかったが、このような素晴らしい演奏なら、音楽好きな人に聞いてもらえたら、という心残りは強い。

エド・デ・ワールドはそんなに知られた指揮者ではなく、自分で編集したワーグナー管弦楽を、確かN響でi指揮した記憶があるが、力の割に派手さは皆無だから、並みのクラシックファンでは積極的に聞く指揮者ではないようだ。
またロイヤル・フランダースOも、ベルギーのオケの中では地味な存在で、歴史は深くはない。
しかし個人的には・・・・聞くのは初めてだが、おそらく弦パートは素晴らしいに違いないと、「フランコ・ベルギー楽派」の伝統と教育が生かされているのではないだろうかと、推測していたのである。

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演目は
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調
ヴァイオリン:森 彩香
マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調
管弦楽:ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー
指揮:エド・デ・ワールト

音盤では少年時代から聞いてきた協奏曲だが、生では初めて、マラ5も生では初めてである。
地方都市の大きくはない音楽ホールで、フルオケでのマーラーやブルックナーはかなりきつい、というか出来ないので、隣町の四日市、あるいは津では最近演奏されるようになったが、桑名は最近になってホールを改装して演台を広げ、客席数も300人ほど増えたので実演可能となったようだ。

でもまだやはりフルオケの演台としては窮屈で、オケは平面的に並ぶしかない。
しかしフルオケが窮屈とはいえ演奏可能とわかったから、今後を楽しみだということにしておこう。

小生は音盤に対しては感想やコメントなど、少々深堀して書くことはあるが、生演奏を同じレベルで書こうとは思わないし、書けるわけもない。

一回性の生演奏と、繰り返し確認できる音盤では、その評価も印象も、感想も、コメントも相当に違うことが予測でき、生演奏の評価などは、ただでさえ主観的な文章に尾ひれが付きやすいと思うからである。
「行列を並んでようやく食べたラーメン」・・・以前からそう皮肉を言ってきたが、職業評論家たちの、生演奏評はあてにならないと確信しているが、その影響を受けるクラシックファンはよい迷惑である。

味について云々カンヌンより、有名店のラーメンを食べることができた、という満足度のほうが勝ってしまい、それが味の評価に強く反映される、そういう危険性を危惧するものである。

特に音楽は、「そういわれると・・・・」という世界、つまり他の要因によって感性が惑う子とが多く、その影響の範囲はかなり広いから曲者だ。
音盤であれば、確認は可能だが、生演奏は自分で確認することが困難であることも、1つの要因であろう。

という自己弁明をしながら、演奏中に感じたことで、今でも鮮明に記憶しているものだけ書いておくことにする。

無料のチケットであるがゆえに、良くも悪くも、思った通り書くことができるというものだ。

メンデルスゾーン
オケは集中力が欠け気味に始まる。
バイオリンもそのわずかな雰囲気に戸惑うがごとく、そして緊張のせいか、音程がハイ上がりで不安定。
しかし1楽章の再現部にはいると、オケもバイオリンも本来の調子を取り戻したのか、指揮者が建て直ししたのか、美しい中にも哀しさを伴ったように張りつめた演奏に変化していった。

メンコンは優しい音楽だと思っている人は、…過去には小生もそうであったが、エドの解釈はそうではなく、大げさに言えば、ユダヤの哀しみをも表現するかのような解釈サポートであった。
惜しむらくは弦の音色がもう少し枯れていたならば、両者あいまった、より素晴らしい、小生好みの演奏になったであろう。
ただこれは小生の個人的欲張りで、若く美しい新進気鋭の御嬢さんに望むことではない。
彼女の腕の確かさは最終段階のフラジオレットの美麗さに表れていると思う。
最近は、見目麗しい女性音楽家が増えてきたが、彼女もその一人だ。
美貌を武器に商売替えなどして欲しくない。

マーラー5番
今まで聞いてきた多くのこの曲の演奏が、鋭角的な刺激的な演奏がほとんどであった。
弦はうねりを上げ金管が咆哮する、いかにもマーラーでございます、といった演奏が実に多いのである。
中にはインバルのように、マーラーもブルックナーも、同一水平線上にあるという解釈の指揮者もいれば、思想的背景は別にして、マーラーを演奏しない指揮者、反対にブルックナーをやらない指揮者も存在する。

最近中堅指揮者で両方無難にこなす指揮者もいるようだが、聞く限り・・といっても一部しか聞かないでいうのはなんだが、いずれもあまり顕著な特徴がないように思えてしまう。

いずれもが1時間を超す長大な曲を、まだ若いうちに全曲録音、しかもブルックナーもマーラーもやってしまうというのは、傍若無人というしかない。(と思うが、もうそういう時代ではないのだろう)

正直に言えば、積極的に聞いたことのない、エドと見知らぬオケでのマーラー、期待していなかったが、トランペットの柔らかく暖かい出だしで「オオッ」と思い、金管楽器が重なる音を聞き、このオケ、ひょっとしたら、あたりかもと思った。

エドの地味な指揮ぶりから出てくる音は、各パートの音のバランスが見事、であるがゆえに、内声部が見渡せるような、ただただ迫力を追求した昨今のものとは完全に違うマーラーであった。

推測だがエドは、ホールの利点と弱点を見抜いていて、しかも限界を知って、金管楽器軍や打楽器を水平に並べ、弦楽器も近代配置としたのではないか。
オケの総体が意図したように響くのを、重点的綿密にチェックしたに違いない。

楽器が埋もれてしまうことを懸念したり、あるいは強調せんがために、金管楽器を立たせて演奏させたりする指揮者もいるが、ホールの音響特性を敏感にキャッチした指揮者である証拠に、何も細工しないで非常にバランスの良い音・・・すべての音が聞こえるかのような、透明度の高い音を聞かせてくれた。

往々にしてバランスを無視したような演奏(録音)があるが、これが欠如しているとマーラーがマーラーではなくなってしまい、迫力と鋭さだけが印象の音楽となってしまう。
そのような演奏では、最後まで飽きずに聞くことは難しいものである。

エドのマーラーは、まず暖かい。
苦悩やら人生のマイナス思考などそこにはなく、観衆を包み込んでくれるような、大きなマーラーであった。
言い換えることが許されるのなら、子供のころに親しんだ歌を、その心を想起して編曲再現したような音楽だといいたい。

トゥティでも大仰な身振り指示など全くしない、淡々とした指揮者だが、出てくる音楽は分厚く暖かく優しくそして艶があった。

よくオーディオ装置での再現音楽は、「生」には絶対勝てるはずはない、そういう人が大勢いるが、だからオーディオ装置が絶対適わないわけでは決してなく、バランスのピシッと取れた演奏からくる、微細な音の表現と見通しの良さが引き起こされ録音された音盤は、アンバランスな生演奏よりも優秀な場合がある。

しかしこういう演奏を聴くと(小生の座席位置は1回の前から10列の、向かっていちばん右であった)が、まるで純フレンチのベシャメルソースのように、仕上げに黄卵を加えたような、舌触りと、アイスクリームよりも滑かな食感、そしてほのかなグローブ臭を伴い、同じベシャメルソースを使った異なる料理が提供されても、初めて味わう料理の新鮮なこと同様、あのしつこいマーラーが、音が響くたびに新鮮に聞こえるから不思議なことであった。

観客は通常のコンサートとは、おそらく異なり、無料だから…という人もいたと思うが、何もトラブルはなく、周囲の方々も熱心に聞き入っていたように思う。

メンデルスゾーンでは楽章間の間がなく演奏されるから、咳のタイミングを外された方もいたであろうに。
演奏の最中の咳も気になるものではなかった。

しかしこういう人はどこにでもいるのがとても残念なことなのだが、マラ5が終了するや否や、まだ残響音があるうちに、早い人の拍手よりも先、ほんの少しフライイング気味に、ブラヴォーと叫んだ人がいた。

よい演奏に観客が呼応するのを否定するわけではないが、音が消え去るまで数秒待てないものか。
音の余韻を楽しむという文化はまだまだ足りないようだ。
しかもおそらく割とコアなクラシックファンと思しき人だと推測されるから、余計に・・・少しいやになってしまったが、そんなことはもうどうでもよいほど素晴らしい演奏であった。

最後に、今回のような素晴らしい企画をバックアップし、音楽文化発展に貢献した(効果測定には言及しない)岡田財団に感謝しておかねばならない。

エドがフライイングブラヴォーをいやに思ったか否か、わかるべくもないが、鳴りやまない拍手に数回答え、おそらく観客はアンコールがあると思ったかに思えた瞬間、コンマスと握手をしたその手をひぱって伴に舞台裏に消えると言う、ユーモラスというか、アンコール要求の拍手はごめんというか、耐えられないというか、あれだけの熱演をしたのちに、アンコールなどには応えられるわけがない…小生にはエドがそういっているように思えた。

次回は有料とし、今回無料だから参加したオーディエンスが、自費でも来るのか否か実験してみたらどうだろう。
集めたお金は財団からの寄付ということで被災地に回せばよいではないか。
今回そういうことになっているに違いないと思っていたが、寄付の寄の字もなかったのは少々残念であった。

ここから先は余談
先日、町内にあるホールのコンサートでは、管理運営する役人は、かなり立派なホールなのに使用率が少なすぎるのを問題にしたら、お金を取ると客が来ない、そう言い切って、まるで音楽教室の発表会のような企画をしたが、こんなことばかりやってるから、皆が名古屋に出かけてしまうのがわかってないようだ。

小生の居住地は転勤族が多いし、名古屋への出勤者が多い。
高速バスは割高だが、三重交通のドル箱路線となっているぐらい人口も多く、クラシック以外の音楽や演劇に興味を持つ人も少なくはない。
周辺の市民を巻き込むぐらいの勢いのある企画は、たぶん役人ではできないだろう。
せっかく市の管理から外れたにもかかわらず天下り役人では同じことなのだろう。
ホール活用の活性より、自分たちの仕事が楽な方を取る体質は、昔と全く変わっていない。

税金を使って企画運営可能な位置にいながら、民間の財団よりもはるかに劣るものしかできない、というより月間数回の催しで、しかも趣味のサーlクルの発表会や、わけのわからないような怪しげな会社の面接会などなどで終始しているのには困ったものである。
市の直轄で無くなったことが、かえって災いしたのかもしれない。

大都市のホール、たとえば10月に行く予定の武蔵野市民ホールでは、あっと驚くような企画コンサートが格安で連続して提供され、チケットが取れないぐらい盛況のようである。

わが町にこのような状態は果たしてやってくるのだろうか。


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by noanoa1970 | 2012-06-19 22:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(8)

Commented by こぶちゃん at 2012-06-20 07:37 x
ご無沙汰してます。良いコンサートだったみたいですね。
ロイヤル・フランダース・フィル…ヘレベッヘが振ったベートーヴェン交響曲全集は???というアプローチ(版が異なる?)で、音の薄さも相俟って正直聴く気が失せましたが、指揮者が代わると様相が一変したのでしょうね。
プログラムは日本でも人気の楽曲を選んでますが、マーラー5番に焦点を充てたものだったようですね。
オケも温まるのに時間がかかるのは、オーディオ装置と同じですね(笑)
Commented by noanoa1970 at 2012-06-20 10:22
こぶちゃんさん、お久しぶりですです。
FBに時間を取られてしまいMIXIが疎かになってきてしまいました。
やはりベレンライター版などのピリオドアプローチは、スカスカの音になりやすく、小生も好みではありません。
メンデルスゾーンではわが再生装置のほうが音が良い感じを受けましたが、さすがに絶妙のバランスのフルオケにはかないません。サブウーファーを追加したくなりました。
Commented by こぶちゃん at 2012-06-21 22:52 x
ピリオドスタイルで古典以降を演奏した場合の最大の欠点は貴指摘の通り音がスカスカになることですね。
ベートーヴェンは私にとってメロディラインを際立たせるよりも、分厚さの度合いを深めることが命。
そういう意味でコンヴィチュニーの名演は一つの規範です。

ただ、そういう中でも平面型の奏でる旋律の妙は、独自の魅力を持ってますから、その時は低域の厚みではなく、単旋律の絡み合いに焦点を充てるとより楽しみが深くなるような気がしています。
Commented by noanoa1970 at 2012-06-21 23:53
こぶちゃんさん
激しく御意!
Commented by 愛媛からの遠征 at 2012-06-28 13:40 x
はじめまして。四国から大阪に行き、桑名にまで行ったのは私です(笑)。好きなアーティストのためなら海外にも行く私にとって大阪~三重は特に大移動でもないのですが、よく驚かれます(笑)。
どうしても行きたかったのでチケット当選して嬉しかったですが、3階席後方で、悲しい席でした(県外組には3階があてがわれました、当然と言えば当然)。しかし、当選しないと入れないわけで。有難かったです。
思ったよりホールの響きも良くて楽しめました。
無料招待のせいか、携帯と腕時計のアラームは鳴るわ、鈴も鳴り、飴の包みを開ける音もめちゃくちゃ気になったんですけど、クラシックをよく知らない人たちが70分のマラ5を楽章間の拍手なしに聴いていたのには感心しました。地方だと必ずといっていいほど拍手しますから。フライングブラボーは私もホント嫌なのですが、地方のコンサートしかも無料コンサートであれほど熱狂に包まれるコンサートは珍しいです。
終演後に打楽器奏者たちと話をしたのですが、とても喜んでいましたよ。まず、ステージに吊られていた看板が新鮮だったようです(笑)。
Commented by noanoa1970 at 2012-06-28 14:37
愛媛からの遠征さん、はじめまして。
FBでコメントされていたのを見たので書き留めました。
残念ながらチェックリストに入れておかなかったので、2度とみることはできない状態です。
携帯、時計のアラームなどの雑音は小生の席1F前から5列目の右では気になりませんでしたが、やはりそうでしたか。有料のコンサートでも時々起ることですから、このような無料のだから誰もかれもが参加するコンサートの観客としては上出来だと思ってました。
途中の拍手は行儀がよいのではなく、知らない方が多かったので続くか終わりか見定められないため拍手するのが恐ろしいと思ったからでしょう。メンデルスゾーンでも連続演奏ですから途中拍手はもちろんありませんが、終了してから少し間があって拍手となったと記憶します。マラ5、よほど興奮したのか、フライイングブラヴォーが、こういう人は昔はよくいましたが、最近ではほとんどいなくなったのに。演奏が良かったから、善意に取っておきましょう。
Commented by noanoa1970 at 2012-06-28 14:37
外観で判断するのはよくないですが、いかにも普段音楽に接していそうもない中年のご婦人のかたまりも数々見られました。でも、直前までおしゃべりしてましたが、始まるとピタッとやめてくれました。桑名は実に文化後進地区で、会場ホールもようやく改装し、ギリギリですがフルオケが演奏できるようになりました。昔は音がン悪く、空調の音もガーガーいう俗悪なホールだったのです。
ピアノ教室の発表会や趣味の催し物しか開催されませんでした。これを期にどんどん公演開催されるといいと思っております。
小生は普段ほとんど公演をレポすることはないのです。一回性の演奏で語れるものは薄れゆく記憶上の産物でしかなく、しかも読者が追体験できないからです。しかし今回は岡田財団の大盤振る舞いということで、恥ずかしながら感想を書いてみました。
Commented by noanoa1970 at 2012-06-28 14:52
http://www.soyano.com/の会社名が小生の姓と同じです。
FBで検索していただければすぐわかると思います。