ブラームス交響曲1番、想いでとともに

昔からよくあった問いかけに、「ブラームスの4つの交響曲で好きな順を挙げろ」というのがある。
考えてみれば、あまり意味のある問いかけとは思えないが、今はもう無くなってしまったクラシックの掲示板サイトにも、同じような問いかけがあり、質問の意図などは問わずに回答をする人、いまはこうだが時間がたてば変化するという前提で挙げた人、楽曲は演奏を伴っているものだから、単に楽曲だけでは判断できないという人、たった4つの交響曲の好きな順を挙げるだけでも、いくつかの問題を抱えるのだった。

おそらくは、ベートーヴェンとちがい、。全曲が秀逸で甲乙つけがたいことがあるし、ブラームスは少々聴き手を選ぶようなところもあるので、最もよく聴いているものを、好きな順の上位にしてしまう傾向があったのだろうと思う。

小生はその時記憶では、1342としたと思うが、いま強いて順を付けるならば、2314となる。
そしてたぶんそれもいつか変化するであろう。

優れた楽曲は聞くたびに新しい発見があるから、其れにつれて今一番お気に入りのものも変わるのだろう。

その時の上位はなんといっても1番であったし、やはり1番は圧倒的人気で、音盤の数も演奏会の演目でも一番多い曲だ。

さらに今度は演奏者を、との問いかけには、ダントツでミュンシュ/パリ管であったように記憶するが、今現在変わったかどうか興味深いことではある。

小生が1番の交響曲を聴いたのは…いや聞こえてきたというほうが正解だが、中学1年生…丁度クラシック音楽に目覚めた頃の夏休みだった。
その頃は名古屋の自由ゲ丘という新興住宅地の市営住宅に住んでいて、2階の6畳間が小生の勉強部屋だった。

それ以前から時々クラシックの曲が小さな音量で聞こえててきたので、好きな人いがいるのだなと思ってはいたのだが、その向かいの人はというと、大学受験の浪人生、だから小生よりは4・5歳上の人で、めったに外に出ることはないし、着物の寝間着を着ているのが窓越しに見える程度だったから、話をしたこともなかった。

彼には3歳ほど下の弟がいて、いつの間にか小生はその弟と遊ぶようになった。
小生はその住宅ができたときから移り住んだが、向かいの家族は前の家族の転勤の後に新しく入ってきたから、知り合いになるには少し時間がかかったのだ。

母親はいなくて、頑固そうな親と兄弟2人で住んでいるらしく、時々親父の怒鳴り声が聞こえてくることがあった。新聞社に勤務しているという事で、土日はいつもゴルフに出かける様子が目に入った。

遅れてきた少年だったから、小生たちの友達の輪の中には入ることをためらったのだろう。
誰も彼を遊びに誘うことはなかったし、彼も何となく拒否しているような様子が感じられたが、いつもの友達を見かけない時、たまに一緒に遊ぶことがあったが、キャッチボールは嫌いだと言いって、彼はそれまで見たこともない丸い球を見せ、これがゴルフボールだと教え、「これを壁でこすると面白い」などと言って実際にこすってみせるのであった。
最終的には白色の液体のようなものが入った袋が出てきたが、これに触ると死ぬぞと脅かすように言いどぶに捨てた。

自分がゴルフをやるようにった時に調べてみると、大変危険な液体が入っていて、恐らくは重量バランスを保つためのものと推測される。
当時のゴルフボールの中身にゴムのひもが巻いて有るものだったから、こすっているとその部分が現れピチピチとゴムが切れる音がした。

彼の兄が大学に合格し、家を離れることになり、弟の彼は高校生、小生は中学3年生、クラシック音楽に興味を持って、家にはステレオ装置もあったころ。

その年の夏休みのある日、大音量で突然鳴り響いたのがブラームスの1番。
お兄さんが帰ってきたのだろうかと窓から見ると、その姿は兄では無く高校生の弟で、しかも音楽に合わせて一心不乱に、指揮者の真似をしている姿が目に入ってきた。

兄が残していったステレオと音盤を取り出して、其れまでクラシック音楽のクの字も言ったことが無かった弟が、まるで常人ではないかの形相での立ち振る舞いが窓越しに見えた。

朝の9時ごろから午前中いっぱい、そして夕方3時ごろから6時ごろまで、毎日毎日ブラームスの1番を連続してかけて指揮者の真似をしているのだ。

弟がなぜブラームスをかけたかはわからない。
兄が掛けていた音盤のなかで、よほどブラームス1番の一気果敢さが気に入ったのだろうか。
その音楽の特徴から、少し前に聞いたトスカニーニ/NBCであることは何となくわかった。

彼は高校生で小生は中学生、中学生同士の時は時々遊んだが、進学して以来会う事もなかったのが、突然そいう状態になって再認知することになったから驚くのなんの。

小生は高校受験を控えているから、中休みはするが、朝から父親が帰ってくる晩まで、鳴りっ放しだから、かなりまいってしまったが、うるさいと怒鳴るわけにもいかず、やがてそれにも慣れてしまい、おかげで同じ指揮者の同じ曲を数十回は聴くことになった。

その間彼は休むことなく、全楽章にわたり指揮者の真似をし手を振り、身体を動かすのだ。

しかし夏休みもそろそろ終わりかけのある朝、いつもの音楽が聞こえてこない。
お昼近くになっても聴こえないので、今日は疲れてお休みかと思っていると、向かいの家に大勢の人が出入りしている。

何か起こったのかと母親に聞くと、情報はすでに漏れ聞こえてきたらしく、あの指揮者の真似をしながらブラームを四六時中かけていた彼が、自転車で10分ほどの、小生たちが金魚池と呼んでいる貯め池で、浮いているのが発見され、死亡したらしいという話で、後で聞くと日曜日の早朝だったとのことだった。
小生たちはそれ以来、ザリガニの宝庫だった金魚池に、2度と行かなくなった。

事故か自殺かははっきりしないという事だったが、小生は前日の夜の彼の父親の怒鳴り声えと、其れに応答する彼の声を聴いていたから、父親と多感な少年の葛藤が引き起こした、思いつめた上の自殺ではないかと思った。
夏休みはもうすぐ終わろうとしているが、其れからはあのトスカニーニのブラームスが聞こえてこないのがなんだか寂しい気がしてしかたなかった。

その秋のこと、向かいの2階からあのブラームスが聞こえてくるので、小生は泡を食って、幽霊の仕業かと思ったが、ブラームスをかけていたのは、帰省した兄であった。

たぶん兄は弟がその音盤を聴きながら、必死の形相で指揮者の真似をしていたことなど、知らないだろうと思いつつ、兄や彼の父親にそのことを告げることはなかった。

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だから小生はトスカニーニ/NBCのブラームは、今でも絶対に聞かないことにしていて、トスニーニがフィルハーモニア管を指揮したライブ演奏を聴くことにしている。

ブラームスの1番を聴くたびに、身近に起きた悲惨な出来事を思い出すことが多いが、
したがって小生の今一番のお気に入りの1つは、そんな悲しい思いでが甦ることのない演奏。
つまり音楽に集中して聴くことが可能な演奏になる。

そんな演奏が少ないながら4つある。
いずれも集中力が強く、聴く者の意識を決して遠ざけることのない、魂のこもった演奏だ。
コンヴィチュニー/ゲヴァントウス管
クルト・ザンダーリンク/シュターツカペレ・ドレスデン・1971年盤
シャルル・ミュンシュ/パリ管
ヘルベルトフォン・カラヤン/BPOのライブ、1988年盤。
以上の4種類だ。

カラヤン盤はこの録音が世に出なかったら、決してカラヤンのブラームス1番をあげることはなかったもので、それほどこの演奏は素晴らしい。
これまでカラヤンについてのさまざまな悪評など一切ない、カラヤンの高評価が凝縮されたような演奏と言えばわかっていただけるだろうか。

コンヴィチュニー盤を除けば、あとはすべて多くの人からの高評価が与えられた定評あるもので、ミュンシュ盤は未だに人気の筆頭である。
4者に共通するものといえば、集中力、構成美、爆発力、推進力、其れに音楽のタメ、言い換えれば各自固有のコブシの面白さだ。
これらにあまり使いたくはないが、精神性というような神秘的なものが加わるのだから、これはもうたまらない。

このような演奏ができるのは、稀なことであろうし、オケも指揮者もベクトルがぴったりと合っていなけれ到底出てくるものではない。

カラヤンでさえ、レガートを抑え気味にして、今までのカラヤンには無いブラームスを作り上げた。

それとたぶん演奏にあたる年代に何かの因縁のようなものがあり、コンヴィチュニーは最後の録音になったし、ミュンシュはパリ音楽院のメンバーがメインに、フランス文化大臣が肝いりで創設した新生パリ管の初めてのブラームス、そしてカラヤンは晩年を迎えての最後のロンドン公演となったものだ。
選曲がまた素晴らしく、シェーンベルクの「浄められた夜」が同時に演奏され、これもまた精神性という言葉を使わなくてはならないぐらい素晴らしい演奏だ。

これらの演奏録音の前には、歴代の名演奏も少しかすんでしまうように小生は思っていて、これ等のブラームス1番では、聴いている最中に昔の悲惨な出来事を思い浮かべることは全くない。

ザンダーリンクは、よくわからないが、これだけの演奏をするには力量に加え、なにかの精神的作用が働かなくてはできないだろう。

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ミュンシュ盤は特別な思い出があって、其れは1968年の冬のこと。
それまでの冬休みは、正月を迎えるために実家に帰ったことなど一度もなかったのに、急に里心がついたのか、暮も押し迫るときに、いつもなら安いバスを使うのだが、なぜか新幹線を使って家に帰った。

急な帰省にもかかわらず、家のものは皆が喜んでくれて、美味しい食事もお酒もごちそうになり、風呂に入っていい気分で除夜の鐘を聴いた後、FMを付けていると新年のあいさつとともにクラシック音楽番組が始まり、確かまだ発売されてないが素晴らしい演奏なので、と言って聞こえてきたのがブラームス1番だった。

年末にはだれか忘れてしまったが、N響の第9を家族で聴いていたから、同じ系統上にあるブラームスの1番が、しかも未発売のもので、親切のパリ管をミュンシュが振ったものというから、期待はおのずから高まり、実際聴き終わるとしばらく放心状態で、その夜は興奮のあま寝付けなかった思い出がある。
布団の中で、終楽章のコラールがいつまでも聴こえていた。
ミュンシュの音盤の質についてはここに過去記事がある。

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中で小生が最もブラームスらしい音楽であると思うのは、コンヴィチュニー盤だ。
コンヴィチュニーの音楽には、ブラームスの人間的特質がすべて表れているような錯覚に陥ることがある。
内容はロマン主義的だが形式的には古典主義という合い矛盾した音楽こそがブラームスの心象と音楽の重なりであろう。
酸いも甘いも喜びも悲しみも、そして異教徒の世界や先達に対する憧憬の念、尊崇の念が日本のお城の城壁のように、一見不揃いのようだが、紙1枚通る隙もないないほど緻密なファンダメンタル構造に支えられた音楽になっている。
ブラームスの和声(和声のなかに旋律を塗り込める)が成り立つのも、土台と骨組みが強固であるからで、音楽的には最良のバランスが保たれるが、そのあたりをよく出しているのがコンヴィチュニー盤だ。

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ザンダーリンクは、基本的姿勢はコンヴィチュニーとよく似たところがあり、やはり構成力とどっしりした土台が特徴だが、時折見せるかなり変化するコブシが、魅力を加味している。
オーケストラも実に上手だし深い音を表出しているが、やはり歌劇場のオケだけあって、指揮者の棒の変化にも柔軟に対応しきってている。

以上どれをとっても愛すべき音盤であることは間違いないが、カップリングも考慮して、トータルで考えた場合、こんなカラヤンは今まで聴いたことが無いぐらい、変貌したのか、もともとあった物が最大に発揮できたのか、いずれにしても、ブラームスがベートーヴェンに肩を並べた、いやそれ以上の音楽になったように小生は思うのである。

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そんなわけで、唯一選ぶとすれば、カラヤン盤1988年ライブという結論になる。
悲壮感さえ感じる音楽である。
こういう演奏会を、一度でよいから生で聞いてみたいんものだ。

この音盤を、聴くとき1つだけアドヴァイスがある。
それは最初に収録されたシェーンベルクの「浄められた夜」と次のブラームスを通して聞かないことだ。
順番を逆聴いてもダメで、其れは両方ともに聴く側も集中力するあまり、

すべてを正常では聴けなくなる恐れがあるからで、もし聞かれることがるのなら、片方ずつにして置くことである。

気になる演奏は最近発売になった、フリッチャイ/北ドイツ放送響 1958盤。
お聞きの方おられましょうか。

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by noanoa1970 | 2012-05-25 17:39 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

Commented by Abend5522 at 2012-05-31 20:24
sawyer様、こんばんは。
私の方もブラ1を遅ればせながらアップいたしました。ご心配いただき、申し訳なく思っております。
ザンデルリンクのブラームスは、4番しか聴いたことがないのですが、LP時代に全集が一枚ずつ発売された時には話題になりました。
フリッチャイ盤、私も関心があります。
Commented by HABABI at 2012-05-31 21:51 x
sawyerさん、こんばんは

父親に怒鳴られた方は、さぞや悔しかったのであろうと想像します。帰還することのない家出、だったのかもしれませんね。
我が家にあるトスカニーニ/NBCのLPジャケットは、1963年録音のカラヤンのLPジャケットに似て、黒基調になっています。トスカニーニは横顔。
カラヤンの1988年録音を聴いてみたく思いますが、もうあまり演奏録音を購入しないことにしているので、機会はないかもしれません。HABABI
Commented by noanoa1970 at 2012-05-31 22:53
HABABIさん、88年のカラヤンのブラ1は、相当すごいですよ。それにも勝るのが「浄夜」、今までのカラヤン像を小生は覆されたような気分でした。
例の高校生は母親がいなく、それまでなにかととクッションになっていた兄が離れてしまったので、頑固おやじといつも対峙しなくてはならなくなったのでしょう。大正生まれの頑固おやじのようしたが、一流新聞社でかなり上の位置にいたと聴きますから、子どものことを面倒見る暇もなかったのでしょう。相談したいことがあっても、物理的心情的に避けるようになった鬱積した気持ちが事件を起こしたのでしょうね。世間ではその頃はあまりそういう事件は耳にしませんでしたから、驚いたことでしょう。
Commented by noanoa1970 at 2012-05-31 22:55
Abend様
これから読ませていただきます。
そののちにまたコメントさせていただきます。