ブログ連動企画第2弾「私の愛聴盤」ベートーヴェン交響曲5番

この交響曲の開始の合図、4つの音からなるフレーズは、「運命の動機」といわれ、姿形を変えて至る所に登場する。

そしてこの「運命の動機」が、この曲全体を支配するといっても過言ではない。

冒頭の「運命の動機」は、特徴的であるがゆえに、聴感的印象度が強力だ。
したがってこの部分の演奏は、のちの展開に大きく影響するし、指揮者の個性がはっきりと出るので、とても重要である。

ベートーヴェンはその重要性がわかっているから、2度目の4つの音に、小節を1つ足し加えた。
だから最初の4つの音よりも2度目の其れのほうが長いフェルマータで奏される。

「ダ・ダ・ダ・ダーン  ダ・ダ・ダ・ダーーーーン」ダでもジャでもよいのだが、最初の「ダ」の前には8分休符がついているから、「ズダ・ダ・ダ・ダーン  ズダ・ダ・ダ・ダーーーーン」というのが正しい。

音盤で聴くと演奏によってこのズが把握できないものもあるが、ズの代わりに声を出す指揮者がいたりしてそれとわかるし、映像で指揮を見ると、休止符の間を取っているのが良くわかる。

このあたりからすでに面白いが、さらにダ・ダ・ダ・ダーンのダ・ダ間の長さも切り方も指揮者に寄ってぜんぶと言っていいほど違う。
ダッダッダッダーンとやるもの、ダダダダーンとやるもの千差万別であるし、おまけに2度目のダ・ダ・ダ・ダーンのダーンのフェルマータの長さも指揮者それぞれ。
中にはダダダダーンンと、語尾を強くしめる指揮者もいる。
また、ワルター/コロムビア響のように、最初の4つの音と2度目の4つの音を続けて、8つの音で1フレーズとするものと、間に休止符を入れて演奏するものがある。

であるがゆえに、いろいろな指揮者&オーケストラの演奏を聴くのは1つの楽しみ方でもあるし、ベートーヴェンの5番ともなるとその傾向は特に顕著である。

そうやって自分が最も好む演奏を見つけられれば幸運なことだが、聴く側の変化で聞こえ方も変わってきてしまうから厄介で、このため自分が好む演奏が定まらないという人がいるが、それも、もっともなことだろう。

だから今回の企画も「今現在の」という但し書きを付けるべきではあるが、そこを「愛聴盤」という具合に表現したつもりである。
簡単に言えば、何等かの思い入れが強い音盤のことだと言い換えて良いかもしれない。

「刷り込み」という言葉が表すように、特に最初にお付き合いした音盤は、演奏の良しあしとはあまり関係なく、愛聴盤となることが多いようだし、その音盤と同じ公演に参加したならば、一層その傾向が強くなる。
他人がどう思いうと、構わないし、また他人は其れについてどうこういう資格はない。
個人的感性領域のことだからであるが、時々そんなことがわからないファンもいて、かつて掲示板などではたまに存在が認められた。

最初に「運命」と接したのは、クリップス&ロンドン響の演奏で、17センチ盤2枚に収録されていたものだった。
これはある意味便利で、楽章ごとに4つの面に収録されていた(と思う)から、楽章ごとに聴くのには重宝した覚えがある。

次は確か友人というより友人の親が所有していた音盤で、トスカニーニ&NBC、そしてワルター&コロムビア響、フルヴェンはなぜか聴くことができなく、かなり後で聴いた覚えがある。

そして忘れもしないのが、小生のすきな指揮者、コンヴィチュニー&ゲヴァントハウス管の「運命」が収録された初心者向けの大全集であった。
残念ながらモノーラル録音だったので、しばらくしてフォンタナレーベル、すなわち廉価版でステレオの音盤を購入した。
同じく「田園」もモノーラルが収録されていたが、同じ指揮者とオーケストラでもステレオ全集盤とはかなり趣が違うようで、今現在この録音に該当する音盤は復刻されないままになっている。

こんな具合に小生は、チョイコアファン並に、いろいろな演奏を聴いてきたが、割と早めに好みが決まったので、所有の音盤はそんなに多くはない。

選択ポイントとして、テンポ、リズム、アクセント、フェルマータの伸ばし方などいろいろなメジャメントが、それに構成力、ダイナミクス等があるにせよ、自分に1番ピッタリと来る「収まり感」と表現してよいのだと思うが、ピックアップしてみると、それらの演奏は、かなり似通っているから、やはりそういうことなのだろう。

前回、前々回のこだわりの1つの音1つの楽器ではなく、今回の「運命」では、「収まり感」・・・自分との相性を大事にした。

コンヴィチュニー&LGOとともに候補となるのが、ヨーゼフ・カイルベルト&ハンブルグ国立管の演奏だ。

コンヴィチュニーとカイルベルトは「運命」に対するアプローチの仕方は同じように思われるが、冒頭のフェルマータの長さが違っていて、カイルベルトはワルターの演奏を思わせるように長く引っ張る。
コンヴィチュニーは人間の深呼吸の範囲内で抑えている。
コンヴィチュニーは、コーダでだんだん強く遅く(アラルガンド)していくが、ほぼ同じ時期に聞いたトスカニーニと比べて、こんなことを平気でやってのける凄い指揮者がいるものだと感心してしまった。

コンヴィチュニー独特のアクセント処理に比べ、あまり細かく変化をつけないカイルベルトは、つなぎの音がスムーズであるが、しかしどちらもインテンポの範囲である。
どちらも無骨だとか、質実剛健だとか、重心があるとか言われてきたが、小生流に言えば「音魂がある」音楽だという自作の形容をすることになる。

コンヴィチュニーがカイルベルトの7年ほど先輩になり、享年61歳とほとんど同じ、レパートリーもマーラー以外非常に似通っている。
活躍したところが西ドイツか東ドイツで、レコーディング数も違う、何よりもバイロイトへの出演が大きな差であり「指輪」をステレオで1955年に録音したカイルベルトに比べ、1959年イギリスでコヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団と、おそらくはラジオ放送用に録音された音質の良くない「指輪」をコンヴィチュニーは振っている。
文化芸術外交をするという東ドイツの国策としてのことであったのであろう。

管弦楽団、合唱団以外はすべて東西ドイツから派遣されている。
ここで注目すべきは西ドイツの歌手たちも参加しているという事だが、東西ドイツは反目し合っていたとの見方もあるが、実は内々で行き来、交流があったと思われる。
反目というよりは競争関係にあったといってよいのかもしれない。

バイロイトとは言わないが、国内で演奏できなかったことはとても残念なことだ。
ワーグナーのオペラならば、コンヴィチュニーは割と多く優秀なメンバーと録音しているから、「指輪」の話は当然あっただろうに、実現かなわなかったのは実に惜しいことだ。

「運命」はコンヴィチュニーが1960年エテルナ、カイルベルトが61年のテレフンケン録音である。
両者の録音レベルは、ほぼ同等と見て良いが、コンヴィチュニー盤は低域をやや強調気味にしたマスターリングだ。

参考程度に演奏時間を挙げておく。

カイルベルト : コンヴィチュニー
①  8.43   8.01
② 10.12  10.27
③  5.59   6.80
④  8.51   1 1.44
....33.35.......37.32
4楽章の演奏時間の違いの大きな要因は、提示部の反復の有無だと思うが、3・4楽章は聴感上もカイルベルトはやや速めのテンポを取っている。

カイルベルトが後半3・4楽章をテンポアップしていることは、望むべきことに一心不乱に向かう姿の反映か。
コンヴィチュニーはインテンポで、来るべきものを堂々と真正面から迎え撃つといった感じである。

1楽章は意外性あるカイルベルト、4楽章は強い意志のもとに着実な歩みを見せて、ついにゴールにたどり着くコンヴィチュニー。
3楽章のブリッジパッセージ後のクレッシェンドは両者互角。
2楽章の歌わせかたもテンポの差こそあれ大勢に影響はない。

オケの技量も、1流扱いを受けにくいハンブルグ国立管だが、ここでは気迫と集中力を感じられえるから、このオケの録音のベストに入るであろう。

コンヴィチュニー来日時の大阪公演での「運命」を称して、まるで人とオケが変わったかのような素晴らしさであった、という声が参加した人から多く聞こえてきたが、全ての演奏すべての録音に、全神経をとがらせていることは、失礼だがあまり経験が無い。
同じ演目の別公演での評価が極端に異なるのは、そういうことなのだろう。

長旅して疲れて来日して、さらに移動しての連続演奏会だ、全てにパーフェクトなどあり得ない。
コンディションの良い時に当たった人は、もうけものと思ったほうが良いことは、経験的なところからの話だ。

d0063263_9343090.jpg

今回はカイルベルト盤をメインに、コンヴィチュニー盤をサブという事にしておくが、その理由はオケの力を極限にまで出し切ることができたのがカイルベルト盤であるからだ。
[PR]

by noanoa1970 | 2012-04-28 08:36 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

Commented by Abend5522 at 2012-04-29 17:58
sawyer様、こんばんは。
カイルベルトのベートーヴェンはBPOとの7番しか持っていませんので、5番の演奏について随分と参考になりました。バンベルクSOは、コンヴィチュニーとの『新世界』の例もあるように、指揮者によっては大変見事な演奏を聴かせてくれますね。カイルベルトとの5番もそのひとつでしょうか。
Commented by HABABI at 2012-04-29 20:20 x
sawyerさん、こんばんは
コンヴィチュニー(LP,CD)もカイルベルト(CD)も、我が家にあるので聴いてみました。両者とも、ベートーヴェンらしい演奏だと思います。ただし、フルトヴェングラー/ウィーン・フィル(スタジオ録音)の方が、もっと徹底してベートーヴェンに聴こえる様に思います。フルトヴェングラーの解釈が、特別にハマッタ演奏録音だった様に思います。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-30 08:20
HABABI さん、おはようございます。
昨日フルヴェンの「運命」聴きました。なるほど精魂込めた演奏ですね。ただし、小生には少々大仰過ぎてしまい、何度も繰り返し聞くのはしんどいという感じがしました。これも重たすぎて随時聴くわけにはいきませんが、フリッチャイ/BPOの運命と対極をなす演奏の様にも感じました。『今日は「運命」を聴くぞ』、というときには良いのだと思います。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-30 08:45
Abend様、おはようございます。
BPOとの7番も見事ですね。ただし5番はバンベルク響ではなく、ハンブルク国立フィルとの演奏です。このオケは1流とされてきませんでしたが、とんでもない誤解であったことを、レオポルド・ルートビッヒとのチャイコ5.6番、メンデルスゾーンのイタリア、そしてブラ1、さらにピエールデルヴォーが振ったフランスものの音盤でその実力を見なおすことができました。そしてカイルベルトによって最大の力量が発揮されたように思います。