ブログ連動企画第2弾「私の愛聴盤」ベートーヴェン交響曲4番

数ある楽曲の中で、ベートーヴェンの交響曲のように、何度も繰り返して聞かれる曲がある。

そうなってくると次第に、ベートーヴェンの演奏に望むものが固まってきたり、フレージングの好みが出来てくる。
それで当然のことながら、自分好みのスタイルでやってくれる指揮者の演奏がお気に入りとなる。
或いはによっては、自分がお気に入りの指揮者の演奏だから気に入ってるという事もあるが、両者に大した違いはない。

LPで聴いていた時は、同曲異演の音盤も非常に少なく、演奏比較など望むべくもなかったが、CD時代になって、音盤の価格も安くなったのと同時に、取り扱いが簡単になって、必用な個所からの再生ができるようになり、おまけにリピートまでできるから、納得するまでその部分を繰り返し聴くことが可能になった。

LPでは正確にその部分に針を下すことは不可能であったから、いわゆる演奏比較もやろうと思えば簡単にできるようになったのは、情報量と質のUPという意味ではよいのだけれど、逆に選択肢が増えすぎて、絶えず違うものを求めていくという、万年餓鬼のような状態になりがちである。

また音楽出版書物や評論家が持つ役割や価値が相当変化した今日、昔であれば、もともと新譜での発売数は少ないし、復刻も廉価版となるだけのことだったから、絶対量が多くは無く、選択肢も多くはなかった。
其れが故に彼らプロが推薦する演奏がいいと信じることが多かったのだが、今現在は全く様相が違ってきた。

柔軟に多くの音楽を聴くことのできる時間を持ったアマチュアディレッタントのほうが適切なことを言う事も多くなってきたようだ。
それに彼らは商売を全く考えないから、少なくとも商売での繫がりの深い、発売側ともはや視聴者の代理と言えなくなっている音楽評論家という構図は一部を除いてあまり信用されなくなった。

そのような環境でのアマチュアディレッタントの、ブログなどネット書き込みは貴重だし参考になることが多いように思うこのごろだ。

音楽を聴いて文章を書く方法やアプローチの方法は、人様々であるが、それがまた面白い。
全体のイメージをさらに楽章に分解して書く人もいれば、なにか1点集中型で文章を書く人なども存在する。

すでにUPした3番英雄において、小生は1点集中型の文章を書いたが、そのことは、たぶん耳に凄くこなれた楽曲しか書けない、すなわち曲の隅々までが頭に入っていなければ、分からないような微妙で些細ななポイントについてのことだからである。

そしてさらに、人によってはどうでもよいことの部類に入ることも多いものだが、当の本人にとってはいわゆる「こだわり」という言葉があるように、「かくあるべし」という物になって、其れが演奏の中心ではないにせよ、相当大きな要素となっていることもある。

特に今回のベートーヴェン交響曲シーリーズでは、小生の場合は顕著に現れる。
弁解じみた前置きが長くなったが、今回の4番もそういう楽曲であることをお断りしたうえで、文を進めたい。

このい話題は過去にもブログで取り上げているが、今回は演奏のお気に入りを上げるというテーマであから、その理由として復活することにした。
どうしてそんなことに拘るのかと聞かれれば、「その方が小生にシックリ来る、そのほうが好きだから」という感性領域のことがその理由だ。

英雄でのトランペット処理でも、それは耳になじんでいるからだと言われればそれまでなのだが、耳になじむという事は、音楽を聴く上ではかなりの重要ポイントではないかと思う所だ。

結論から言うと、4番1楽章の中間部に出てくるフレーズの」処理のこと。
わかりやすいため、youtubeの動画を張り付け、租の箇所を時間で示すことにした。
以下はカルロスクライバー/コンセルトヘボウ管の演奏である。
6分経過した後、フルートソロの次に出る弦の主題の弾かせ方に着目していただけると、何ら違和感がない人と、違和感がある人、そして何も感じない人とに分かれると思う。



次に以下のムラヴィンスキーの演奏4分58秒からお聞きください。
クイライバーとの違いがお分かりになられたでしょうか。



両者の演奏の違いはほんの些細な1個の音符にある。
しかし些細な1個が大きな1個になることもあり、4番交響曲ではそのことが重要な意味を持つと小生には思えるからである。

3番のトランペット同様ここでも「ワインガルトナー」が登場するが、クライバーの演奏はワインガルトナーが改訂した版。
ムラヴィンスキーは改訂しないいわば原典版と言えるだろう。

この微妙な違いは「短前打音」d0063263_1024844.gif

と楽理的には言われれる物だが、聴感上、これがあるのとないのでは相当受ける印象が違ってきて、あるほうは小粋なものを感じるし、ないものは少しメランコリックなものを感じると思う。

ワインガルトナー風に言えば、短前打音のないものは「センチメンタルな表現」とされているようだ。
このことを音楽理論的に説く人も最近見かけるようになったが、小生はあくまで聴いたうえでの「好み」の問題で、どちらが好きか、もう少し突っ込めば、音楽の流れからはどちらが適しているかという事だ。

もちろん大差ないからどちらでもよいという人がいることは認めた上のことだが、現在聴くことができる演奏のほとんどが、それなりによさがあり決して悪いことはないから、このような細かい点が選択のポイントになってきてもおかしくはないと小生は思うし、何よりも感性領域の問題だから、短前打音有無のどちらが正しいとか間違いだとかは、2の次のことだ。

小生はもちろん短前打音による演奏が好きである。
あえて理由を言うのなら、第1と第2は絡まりつつ流れていくからはっきりは言えないが、井戸から亡霊が這い上がってきて、四つん這いの歩みをだんだん強め、ついにTV画面から這い出てくるような感じがする序奏に続き、(演奏によっては明るく快活になっているものもあるが)、なお序奏を引きずった第1主題が出てくる。その対抗が第2主題と考えた場合、陰陽をハッキリと表現したほう良いと思うからであり、第2主題に短前打音が無いものはワインガルトナーの言う「センチメンタル」な感じがするからである。
ここはやはり短前打音によってもたらせる、明るい気分の小洒落た感じのほうが小生にはピタッと来る。

したがって選択条件は
短前打音を入れた演奏であること。
第1主題の弦のグリッサンドによるクレッシェンド部分で、弦楽器の胴鳴り音が聞こえるようなもの。
提示部のリピートがされているもの。

以上を満足する演奏で小生所有のものは
ブロムシュテット/SKD
クライバー/バイエルン国立管
コンヴィチュニー/LGO

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以上となるが、辛うじて胴鳴りが聞こえてくるし、何ら奇をてらったところが無いから、小生の長らくの愛聴盤となっているコンヴィチュニー盤を採用することにした。

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聴き続けて45年以上経つが、今でも時々この演奏が聴きたくなる。
長く聴き続けることに十分過ぎる耐久度をもつものだ。
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by noanoa1970 | 2012-04-21 00:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

Commented by HABABI at 2012-04-22 07:05 x
sawyerさん、おはようございます

youtubeによる2種類の演奏の違い、大変興味深く比較して聴きました。ムラヴィンスキーの方は5分過ぎのところだと思いますが、最初のフルートは前打音が入っていて、続く弦はこの前打音が音程が逆に上昇方向となって入っており、しかも動きがゆっくりしていて、その後のフルートも前打音が上昇方向に変っていて、同様にゆっくりしており、その後は弦も管も前打音なしですね。
ワルターの演奏では、フルートは普通の前打音、弦は前打音なしです。
一瞬のことですが、指揮者によって弦の前打音の有無や付け方が違っていて、面白いですね。sawyerさんにご指摘頂いて、初めてこの箇所のことを知りました。HABABI 追記:「送信」をクリックしても、変化がなかったので、数回押しました。もし、複数登録になっているよう様でしたら、お手数ですが、余計な方を削除願えれば幸いです。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-22 07:52
HABABI さん、おはようございます。
フルートの前打音に言及して頂きありがとうございます。
範囲を少し広くして考えるとさらに面白いことがわかりますね。小生がこのことに気が付いたのはカラヤンの演奏を聴いたことからです。何がこの演奏の違いを生むのかが知りたいところですが、たぶん小生のように単に好みの問題ではなさそうです。手持ちの音盤で調べた限りでは、指揮者による傾向は掴めませんでした。なにかもっと深い理由があると思うのですが。
Commented by Abend5522 at 2012-04-24 00:11
sawyer様、こんばんは。
私のブログで推しましたラインスドルフ盤も前打音ありです。前打音がある方が、私も好きです。
同形旋律の特定回にのみ前打音があるのが特徴ですね。前打音は、演歌の歌手がよくサビの部分に即興的に入れますが、第4でのそれは、何か「つまづき」を表しているように思います。これを入れるかどうかは、指揮者がワインガルトナーの解釈に対してどういう思いを持っているかもあるでしょうが、指揮者自身の性格傾向が反映されているとも思えます。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-26 08:53
Abend様お返事が遅くなり申し訳ありません。
ラインスドルフも前打音ありでしたか。
ラインスドルフはベト9しかないので、昨日買い物リストに入れました。
「つまずき」のようにお感じになられましたか、小生はその逆で、むしろそれまでのマイナス思考がこの1音で小気味良いアグレッシブさを感じてしまいます。演奏にもよるのかもしれませんが。フルトヴェングラー、カラヤンは「無し」ですが、どうもしっくりと来ないのが自分自身でも不思議です。
Commented by Abend5522 at 2012-04-26 22:28
sawyer様、こんばんは。
ラインスドルフの前打音は超短前打音で、うっかりすると聴き逃してしまいます。この辺りにも、ラインスドルフのキャラクターがよく表れていると思います。
あの息の長い優美な旋律にある一点のメランコリーを前打音に聴きましたが、音楽「を」聴くのではなく、音楽「で」自己を聴くという観点から見ますと、前打音をそう聴取したのは、私自身にメランコリックな傾向が強いことの反映といえます。人生の多くを音楽と送っている者は、それぞれが自分の「波長」を持っていますね。音楽を聴く醍醐味、これにありです。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-27 13:28
Abend様
コンピュータの調子が悪く、昨夜修復してましたので、気になっていたのですが、お返事今日になってしまいました。
ラインスドルフの超短前打音、確認してみたいです。
ベートーヴェンともなると、演奏者も気を抜けないようで、よほどのことが無い限り演奏に駄作はないようですね。
選択肢がさすがに広いので、まだまだ聞いて無いものがたくさんあります。ベートーヴェンは長く聴いても飽きることが無いですから、今後はなるべく自分のテーマを設定して、聴くようにしたいと思っています。