ブログ連動企画第2弾「私の愛聴盤」ベートーヴェン交響曲2番

1番の2年後1802年に作られた曲だ。
小生はこの曲がピアノトリオと同じだと気が付いたのは、ボーザールトリオの全集を聴いたときのことで、そんなには昔のことではなく、ボンヤリと15年ぐらい前だったように記憶する。
全集の入手は、数少ない室内楽の演奏会、しかもボザールトリオを公演を聴いたのが切っ掛けであった。

ウイキには、オーケストラの演奏会チケットが高額なので、それに参加できない庶民が家庭内で演奏できるように室内楽にしたとあったが、果たしてこれは本当にそうだろうか。
第1次産業革命と市民革命がもらしたものは、この時代は庶民間の貧富の格差で、まだまだ貴族階級の崩壊には至ってないはずだ。
室内楽を家庭で演奏し楽しむことができる庶民は、かなり上流階級、ブルジョアジーと呼ばれる人たちだけであろうし、ブルジョアジーであれば、チケットぐらいは購入できるはずだ。

それに家庭内の演奏のためにベートーヴェンがピアノトリオに編曲したとするのは、どうも違っていて、出版社の依頼か、貴族連中の依頼かそれらの人のためであったのではなかろうか。ベートーヴェンがいかに啓蒙主義の時代とはいえ、庶民のために交響曲をピアノトリオに編曲したなんて言うことは考えにくい。
やはり」貴族階級や裕福なブルジョアジーに楽譜を売って儲けたい出版社の依頼であるというほうが的を得ているように思う。

家庭で音楽演奏を庶民階級が楽しめるようになったのはもう少し先のやシューマンややブラームス時代のことではなかろうか。

交響曲2番を編曲して作られたピアノ三重奏曲 ニ長調はなぜか「ベートーヴェン作品表」に記載されず、ビヤモンテ番号425が付けられて細々存在するかのごとくである。

ここは交響曲2番について書くところだから、ピアノトリオについてはこれ以上言及はしないが、いずれ確かめてみようと思う。

今ベートーヴェン作品表を見ていて気が付いたのだが、ベートーヴェンは1番から5番までの交響曲を、1年か2年の時をまたいで連続して作っている。
中には4番と5番のように多少重なって作った時期もあるが、おおよそ上の通り感覚は1から2年である。
具体的には1番が1799年に着手そして6番が1807年着手で、1年か2年で書き上げているから、8年で6曲も作ったことになる。
しかも3456という大作を含めてだ。

そして7番8番がほぼ同時期の1811~12年、6番から見ると4年の間隔があり、さすがは9番塾熟考したのか、8番から約10年後の1922から24年、2年かけて作ったのと8番からは10年の時を経ていることがわかった。1番からは20年以上後のことになる。

はじめパッパ、中チョロチョロ、終わりジックリという事が言えそうだ。
これらのことはたぶん理由があるのだろうが、小生はそのことも気になるが、連続して短時間で書き上げたが故、6曲のうち特に初期の2曲には音楽的関係がなにかしらあるのではないかと推測し、1番と2番、共通するなにかがあるのではないかと、その痕跡を探そうと試みた。
狙いは2番の交響曲の位置づけだ。

しかし曲を聴いているうちに、感じたことだが、小生には1番と2番が逆の位置にあるような気がしてならない。
1番のほうが新鮮味があるのに対し、2番は1番に比べ、ハッとするところが多くなく、モーツァルトを超えてやろうという意識が強すぎる感じがカイルベルト盤で思ったことだった。

序奏の後、しばらくして出てくるモーツァルトの序曲のような雰囲気のフレーズを響かせて置きながら、それを否定するかのようにそれとはまったく違う音楽に移ってゆくところに、そのことが表れてれているとみることはできないだろうか。こういう所は見事だと思う。

しかし冒頭に鳴らされる開始の合図では、1番が耳で聴いても楽譜をチラ見しても、かなり複雑な音で構成されていて続く主題とは縁もゆかりもない音楽のように聞こえてモーツァルトの影響があると指摘されることが多いが、2番はどうだろう、同じ音が2つ強めに鳴らされ時間をおいてさらに鳴らされ、続く主題との関連性があるように見受けられるが、ベートーヴェンにしては何のひねりもなく、ハイドン、モーツァルトの世界に戻ったような気がしてならない。

そうはいっても良いところはあって、小生的にはそれを「一方的な提示」でなく「対話による解決」までとはいかないかもしれないが、弦楽器同士、管楽器と弦楽器群の対話、人によっては掛け合いというかもしれないが、其れが顕著に出ているように聞いていて感じられた。

このことは見過ごしがちなことのように思うが、かなり重要なポイントでは無いか。
1番が斬新的だとはいえ、モーツァルトやハイドンがすでにやった領域を完全超越するまでには至らなかったが、2番ではもうモーツァルトやハイドンの姿はどこにもない。

よく言われるのが2番の3楽章で初めてスケルツォを用いたということだが、1番でメヌエットとなってはいるが実質はスケルツォであることは多くの方が知り得ていることだから、あまり重点ではないようだ。
名称変更がベートーヴェン自身のものという前提で言えば、名称変更の意味合いはなんだったかを知りたいところだ。
一般的には、踊りの要素があり、優雅に感じるメヌエットを廃止、スケルツォを置くことで、対緩徐楽章としてメリハリをつけるためだったとされるがどうなんだろう。

まず最初に聞く子lとにいÞ野が、カイルベルトを期待していたが、1番と比べるとどうも精彩が無く、同じバンベルク響なのに、別のオケではないかと思うぐらいで、ガッカリしてしまった。

コンヴィチュニー盤を聴くとメリハリとよく言うが、もう少し具体的にはクレッシェンドからデクレシェンド、そしてその反対の変化変遷が非常によくわかる演奏で、ベートーヴェンだといえる響きに重みが溢れていて、安定感を感じるし、対話のように感じるいくつかの場面でも、応答で少し変化をつけていて、聴いていて古典的ではあるし平凡な演奏で無く、チラリと光るものが至る所にあるから、、恐らく飽きの来ない演奏だと思う。

コンヴィチュニーが昔から良く言われてきたような堅物、あるいは無骨な指揮者というだけでは語れないことは、2楽章の素晴らしい歌わせ方を聴けばすぐにわかりそうなことだ。

以上のようにコンヴィチュニーに言及すると、愛聴盤はきっとコンヴィチュニーだと思われるかもしれないが、そうではなく、2番も1番と同じく愛聴盤が無い、このことは愛聴盤と言えるほど多くを聴いてない証拠であり、また漫然と聴いていたことに原因があるので、よくあるデータで1番2番が9つの交響曲中低い評価をつけることもできないのが現状と言える。
好き嫌いにしたって、もち論そうでない人もいることは認めた上で言うと、嫌いな曲ほど実は聞いてないことが多いものだ。
嫌いだから聴かないのか、聴かないから嫌いなのかは難しいところだが、いずれにしても少し前までは演奏比較の対象曲にもならなかった曲の1つであることは間違いのないところだ。

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実は小生のひと押し盤は、ペーター・マーク指揮パドーヴァ・ヴェネト管弦楽団の演奏です。

小生はこの曲のテーマは対話あるいは会話といってもよいのだが、通常掛け合いと称せられるものの正体は、男女間のプラトニックな愛情表現的会話であると受け止めた。

この時期既にベートーヴェンは聴力を失いかけていたという話は、ハイリゲンシュタットの遺書からも分かるように、そうであるがゆえに自分に必要なものは、女性、そして聴力であったのだろうという仮説が成り立たないこともないだろう。

おまけに2番の作曲当時1802年(10月6日)はハイリゲンシュタットの遺書を書いたときであり、難聴と精神的な病が芸術家としての行く先について、ベートーヴェンを追いこみ始めたころと重なる。
せめて音楽の中に病状が悪化する前の自分と、理想の女性との楽しい会話の様子を塗りこんでも、誰も文句など言えるはずもない。

この2番交響曲が優しさであふれていて、しかも快活なところが聞こえてくるのも、そんなベートーヴェンの意図であると言えないだろうか。

ペーター・マークの演奏は、そんな受け止め方が出来そうな気配が多聞にする。
序奏からしてほかの指揮者と1線を画し、ダダーンと入るのがほとんどなのに対し、ドッドーンと1拍目と2拍ほんの少し休止が入る。
こういう所はワルタ-のパウゼとよく似たところがある。

ペーター・マークの演奏を聴いて、小生はこんなことを思ったので、物語風に置き換えrてみることにした。

2つの冒頭の音は、男女が、これからどうなってゆくかの前振りのような・・・物語の開始であり、予感である。
この音が主題を作り、それに対し2番目の主題がうまれてくる。(1番との大きな違いは冒頭にあり、1番は後に繋がらない音だ)

マークのテンポはゆったりしており、あたかも戸惑いながらどちらかが口を開く良うな、そしてそれをよく聞いて理解し、一呼吸おいてから、受け答えするような祇園の舞妓が使うような、まったりとした音楽言葉だ。
まさにベートーヴェンの隠し意図、「会話の音楽」をマークが再構築したかのように思えてしまう。

途中モーツァルトのような男が茶々を入れに来るが、男はいとも簡単に追い払って、自分の音楽言葉を続ける。
会話の途中で、少し感情的になることも何回かあるが、それをいつも抑えて思いやりを持って接しようという気持ちが見える。

架空話のようになったが、
理想の女性との会話は、すんなりと運んだわけではないにせよ、おなじ言葉をしゃべっても、その意味するところは決して同じではなく、ごく繊細な違いを含むが、相手はそれを理解する力を十分持っているから、悪い方向には進んでいないことを知り、次のステージへと進展する。
そこは美しい風景が広がっていて、会話を一時やめて歌いだす。
いつの間にかその歌はユニゾンでなくポリフォニーとなって高まっていく。
しかしいつまでもそんな世界にいることは許されず、2人は美しい風景と溢れる歌の世界から、急ぎ足で現実の世界に戻らなければならない。
丘を越え坂を転がるように駆けるのを繰り返しながらも、2人はようやく現実世界にたどり着く。
2人の会話はまだまだ続いていき、これから先のことにまで話が及んだが、いまだ答えは見つからない。
すると長老が突然出現し、いろいろとアドバイスを与えてくれた。
そうだ、ほかになにも望みはしない、お互いが幸せだと思うのなら何もいらない・・・・
そう言いかけた時、突然目が覚めて、作曲業を営むその男は、理想とかけ離れた現実に向かい合わなければならなくなってしまった。

その時その男は思った、音楽の力でいつかきっと、世界を動かして見せると・・・・。
そして)生きる力が再び漲るのを感じ始め、五線紙にペンを走らせた。
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by noanoa1970 | 2012-04-08 16:22 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(7)

Commented by Abend5522 at 2012-04-09 23:28
sawyer様、こんばんは。
マーク/パドヴァ・べネトOの演奏では、モーツァルトの38番~41番を持っております。以前にsawyer様が触れておられたことに示唆を受け、入手いたしました。硬軟のコントラストが見事で、対話型の演奏ですね。調べますと、マークは禅の修行を2年間務めたとか。禅への傾倒はチェリビダッケにもありましたが、得たものは全く異なると思います。マークのベートーヴェンには興味津津ですので、入手したいと思います。
Commented by HABABI at 2012-04-10 01:07 x
sawyerさん、こんばんは
私は、このペーター・マークによる録音は箱物で持っていますが、あまり聴いていなかったので、改めて聴いてみました。ゆっくりと、音を確かめながら演奏している感じで、テンポはそのほど動かしていませんが、音の強弱をかなり大きく取っていて、独特と思われるアクセントも入って来ます。ちょっとした部分にも強弱が付いていて、指揮者が入念な準備をして録音に望んだ様子が伺えます。この指揮者のこの曲に対する解釈が強く表れている演奏録音であると思います。第4番を聴いているような錯覚を覚えました。聴き応えがあります。録音は、弦が少し弱い感じがしますが、人数が少ないのでしょうか。残響の多い録音ですね。HABABI
Commented by noanoa1970 at 2012-04-10 08:07
Abend様
おはようございます。
マークの選集が確かでていたように思います。ベートーヴェン、メンデルスゾーンの交響曲全集が収録されて安価で発売された記憶がります。
「禅」がマークの与えた影響など深堀するのは面白いと思います。しかしなにしろ「禅」しらずの小生ですから、いかんともしがたいです。abendさん、近い将来ぜひ検討くださると、ありがたく思います。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-10 08:19
HABABI さん
おはようございます。
>ちょっとした部分にも強弱が付いていて、指揮者が入念な準備をして録音に望んだ様子が伺えます。
このことは非常に特徴的なことだと、小生も思います。
1番から9番まであまりオケの編成を大きくいじらないようですが、そのためか非常に見通しの良い音楽になっているように思います。ピリオドアプローチの良いところだけ取り入れたモダンスタイルなのではないかと思うときがあります。見通しが良いものの代表として「田園」はその典型ではないでしょうか。まるで印象派の「水彩画」のように思いました。
>第4番を聴いているような錯覚
不思議ですね。小生も同じ思いをしました。決してすぐ後に4番が続くからではありません。2番と4番の音楽的特徴がマークによって表現されているのかもしれませんね。
Commented by Abend5522 at 2012-04-10 21:16
sawyer様、こんばんは。
マークの選集、探してみます。べト全が欲しいですね。
マークやチェリビダッケと禅の関係については、まとまった時間が出来た時に考察してみたいと思います。
Commented by HABABI at 2012-04-10 22:10 x
sawyerさん、こんばんは

まず、小生が書いたものの誤字修正:「録音に望んだ様子が伺えます。」→「録音に臨んだ様子が窺えます。」失礼致しました。

さて、sawyerさんの書かれたお話しを読んで、6,7年前にウィーンに行って、ベートーヴェンハウスの中を見たことを思い出しました。狭いところでした。墓地にも行きました。音と知識で知っていたベートーヴェンが、本当に存在していたことを実感しました。もの凄い創造性に溢れた作曲家でしたが、演奏する側の、そして聴く側の創造性もあるのだと思います。
Commented by noanoa1970 at 2012-04-11 00:26
HABABI さん、こんばんは
変換ミスは誰にでもあることですし、疑似脱字は小生の特許のようなものです。後で読み返すといくつもあるので恥ずかしい想いがしますが、逆にというと失礼ですが、意味が通じるものであれば、変換ミスだと思っていますのでご安心を、というか訂正をわざわざ謝ることはなくこっそり、訂正すればいいのだと思います。

小生の架空話は、ある程度音楽を聞いて感じたことに従ったつもりです。掛け合いと呼ぶものが多いので、「対話、会話の音楽」という前提があってのことですが、楽曲の進行に沿った思いを書いたらあのような架空話となってしまいました。3楽章だったと思いますがオーボエが突然出てくるのを「長老」としたり1楽章でモーツァルトの魔笛序曲のようなフレーズが出てくるけど、すぐにベートーヴェンらしく変化するのをモーツァルトのような男のちょっかいを追い払うなどと表現しました。今読み返してみると非常に恥ずかしいです。(冷)本物のベートーヴェンの軌跡をご覧になられたHABABIさんとは決定的に違うと思います。バイロイトとともに小生も行ってみたいと思うのですがなかなか実現しません。