ブログ連動企画第1弾ストコフスキーの「新世界より」妄想記

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初聴きのストコフスキーの「新世界より」は都合5回ほど聞くことになったが、3回目あたりまでは、この指揮者が何を表現したかったのかさっぱりわからなかった。

この交響曲で過去から言われていることの1つに「望郷」というもがある。
おそらくそのことは作者ドヴォルザークがアメリカにやってきて、遠く故郷を偲んで作ったというものだ。

なるほど多くの演奏にはそれらしきものを感じるに足るものが多いのも事実であろう。

果たしてストコフスキーはどうであったろうか。
小生がまず目を付けたのは使用された楽譜のことだ。
ストコフスキーと楽譜については、すぐに改竄の話になってしまうが、彼とてベイシックな物はきちんと使用し、その中を自分の思いを表現する手段として改造することがあり、そのことがが聞く人に奇異な感じを与えるらしく、楽譜に厳格な教育をされてきた音大出身の評論家などの影響で、視聴者もそう思いこまされた節が多分にあるのではないか。

それに、曰く音楽をわかりやすくするためだとか、音響効果を上げるためだとか、そんなことで矮小化されてしまいがちだが、果たしてそうなのか。
音楽をわかりやすくするとは、ストコフスキーの解釈し、表現したい音楽はこうだということを示すことでしかないし、音響効果を上げるということは己が解釈し、表現したい音楽の細部まで聴きとおせるようにしたいという欲求の表れである。

そのことをわかったうえで彼の音楽を聞かなければ、変人、爆演、かってな楽譜改竄者としてしか理解されない可能性がある。

ストコフスキーがプラハ原典版の楽譜を採用したことは、第1楽章のホルンの出でわかる。
なぜなら1955年以前の録音ではプラハ版がなかったからホルンは全て、ポッポーとほぼ同じ長さで、どちらかといえば、のんびりあるいは牧歌的に吹くのに対し、プラハ版ではポポーと強めにいわば戦闘的に吹かれることでわかる。

この差は非常に大きくその後の展開と相まって曲想を変えてしまう力を持つものと小生は思ってっている。
もちろんそれだけではなく、その後の楽曲解釈の展開が、指揮者の解釈の結果としてのアゴーギグやディナーミクなどの表現手段を含むアーティキュレーションに寄って具現化されるものであることはもちろんのことである。

何度か聞くうちに小生は、ストコフスキーの「新世界より」に対してのイメージがほかの指揮者とはずいぶん違うのではないかと思うようになった。

彼は「新世界より」のイメージを「望郷」」ではなく、ひょっとしたら「戦いと和睦そして友情」の音楽としてとらえたのではあるまいか。(南北戦争なのかインディアンと白人のたたかいなのか)

ホルンの戦闘的な咆哮、とその後の第1主題の息せき切った出現と、それに金管楽器のシンコペーション気味にかぶさるような金管楽器。

第2主題も最初は優雅に出るのだが、すぐに金管楽器がそれを邪魔するかのようにシンコペで被せてしまう。
大きな特徴は金管楽器の強力なこととシンコペーションであるし、また第1第2の通常は大切な主題を、さえぎるようにして金管が割り込んでくることと、最後まで金管がトリルまで聞かせÞれしゅちうすることだ。

これを戦闘の音楽と言わずに、ほかに何を与えることが出来ようか。
ストコフスキーの「新世界より」は通常の指揮者の解釈とは全く違うということに他ならない。

有名な2楽章でもそういう解釈の延長でいけば、戦闘で亡くなった多くの人を弔い追悼するためのレクイエムであろう。ストコフスキーはことさらに速度を落とし、まるで追悼の音楽のように演奏させているが第1楽章があってこそ、ここ2楽章が通常とは別の意味合いいを持つことになる。
この楽章はほかの指揮者がややもすると静謐の中で突然大きな音を出すのが普通だが、ストコフスキーは終始PPに抑えて演奏していることがわかるし、中間部のレガートの多様、最終部分の終わり方などはその典型で非常にデリケートである。

「荒野に赤い夕日が沈んでいくイメージ」とはストコフスキー自身の言葉だそうだが、アメリカの自然を言いえた言葉ではないことぐらいわかるというものだ。
ストコフスキーのこの言葉のイメージにかなりン深いものがあるのは、演奏から感じることが可能だ。
ところどころに使用されるポルタメントは慟哭の証だろうか。

3楽章は逃避行の音楽である。
生き延びたン敗残の人が滅び行く故郷を偲びながらも、自分たちの生き方を必死に探そうとしているように聞こえる。努力の甲斐あって明るい光が見え始めてくるようだ。
オケに関与していた時、この第1メロディを「つれてちゃった、どっちへ逃げた」という駆け落ちになぞらえて誰かが歌っていたが、まさにそんな音楽の香りもする。

終楽章は1楽章から3楽章までのさまざまな出来事が走馬灯のように映し出され、過去のいろいろな出来事の思い出がところどころ顔を出すが、それでも過去のことは忘れて和気藹々と踊りにふける様子だろうか。
酒が入っているので、足元がふらついて音楽のリズムテンポに合わせられないひともいるようだ。
夜も更けてきた、そろそろみな眠りにつくころ、空を照らす月だけがすべてを知っていた。

終楽章のアラルガントは今まで誰もなしえなかったような大見得を切った音楽となっているが、それはようやく苦労して戦争状態から脱することができた喜びを表しているようで、のんべんだらりと聞くと嫌味に聞こえるが決してただ変化をつけただけではなく、ストコフスキーの解釈、意味があってやっていることと思えてくるから不思議なものである。
戦闘の音楽は時々顔を出すがそれも最後にはなくなって静謐がも度っどってくる。

ストコフスキーが解釈し演奏に反映した「新世界より」、小生は異常のように考えることにした。

次はabendさんにお願いすることにしよう。
お題は「ワルキューレの騎行」か「トリスタンとイゾルデ」第3幕序曲でいかがでしょう。
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by noanoa1970 | 2012-03-01 08:41 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented by Abend5522 at 2012-03-01 22:51
sawyer様、こんばんは。
お題、受けさせていただきます。
プラハ版の冒頭部ホルンの中でも、ストコ盤の攻撃性には異様なものがあります。1973年の録音ですから、90歳の時ですね。しかし、この演奏に老齢であることを考慮する必要は全く無いでしょう。注目すべきデータは、この年に自ら創設したアメリカSOを辞して英国に帰ったことです。隠居するためでなかったことは、その後の彼の活動からも明らかなので、では何故長年活動したアメリカを離れたのか、私にはわかりません。ただ、この演奏において、ストコにとっての「新世界」とは何なのか、何度か聴いてみないとそれに対する自分なりの考えが持てないことだけは確かです。
Commented by noanoa1970 at 2012-03-02 00:46
Abend様、こんばんは
彼の歴史上での事象を調べたかったのですが、あいにくン時間がありませんでした。この「新世界」は、今まで聞いてきたものとは、一線を画すものでした。何か音楽以外のン特別な思いが反映されていると考えてよいかもしれません。アメリカSOはうまく運営で来ていたのか、そのあたり探ってみたいと思います。それでは第2回をよろしく。