バレンボイム/スカラ座管「ラインの黄金」

ヴォータン:ルネ・パーベ
ドンナー:ヤン・ブッフバルト
フロー:マルコム・イェンツ
ローゲ:ステファン・リューグマー
アルベリヒ:ヨハネス・マルチン・クレンツェル
ミーメ:ヲルフガング・アウリンガー・シュベルハック
ファゾルト:ヨン・クワンチェル
ハフナー:ティモ・リーホネン
フリッカ:ドリス・ゾッフェル
フライア:アンア・サムイル
エルダ:アンナ・ラーション
ヲークリンデ:アガ・ミコライ
ヴェルグンデ:マリア・コルチェフスカヤ
フウロス・ヒルデ:マリナ・バルデンスカヤ
演出:ギー・カシアス
指揮:ダニエル・バレンボイム
管弦楽:ミラノスカラ座管弦楽団
他:ダンサー
2010年5月バレンボイム就任記念

以上で録画しておいたものを先ほど観終えた。
バレンボイムの指揮、スカラ座管、歌手陣全ては合格点をさし上げて良い。
しかしただただ演出はというと、幾つかの疑問点と意味不明な点が目立った。

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ギー・カシアスが何者かしらないが、そして彼にとってはさして重要でなかったと思われるが、時代背景がさっぱりわからない。
というより、中途半端であると言うことを上げておきたい。
北方ゲルマン神話が元だからといって、また超古代のむかしに帰ったり、神々の物語だからといって古典的な背景や衣装にしろというつもりもないが、本人は今流行りの斬新さを求めたのだろうが、これはいただけなかった。

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場の背景に使用される映像を駆使したオブジェ、床に水をはってのラインの水底の演出など、映像の威力は確かにあるのは認めよう。

しかしヴォータンはどうであろう。
隻眼と槍がシンボルだというのに、およそ槍を持つのに相応しくない衣装、それ以上にヴォータンの顔にある目は、隻眼らしく装ったのか、左目の周りに黒いものが枠取りで塗られていて、目はパッチリと開いたままだ。

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ヴォータンが知恵の泉と交換に渡した目なのだから隻眼は当たり前。
歴代のヴォータンが隻眼なのを古いとし、斬新さを狙った以外には考えられないものだ。
しかしそんな演出が却ってヴォータンの立ち位置を危うくしている。(もちろんヴォータンの性格は優柔不断な所があるが)
まさかヴォータンのずる賢さを演出するために隻眼は嘘であったなどという意図はないであろう。

まだまだ文句は有る。
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場の間に不必要に出て踊りまくるダンサー。
あれは一体どういうつもりなのか、ギー・カシアスは場と場の間を退屈な時間だと思ったのか、観客の目を集中させる意図があったのか、なんの意図も感じられない。

ダンサーがオペラに登場するのは、ワーグナーでもタンホイザーには存在したが、あれはわけがあってのこと。

単純に踏襲したのか、全く分からないし、場と場の間の音楽は意味があるということを理解してないようだ、場の間のまたは幕間の音楽は、今までのストーリー展開の振り返りとこれから起きる物語への架け橋なのだ。

ここは黙って音楽そのものに耳をかたむけるべきものと小生は思うが、ダンサーが出てきて踊りまくっては、ワーグナーの意図が台無しである。

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しかもダンサーは至る場面で登場し、意味のない踊りをするかと思うと、ミーメの作った隠れずきんをアルベリッヒが取り上げて実験するときの、隠れずきんの役目、ローゲにそそのかされ変身するときの隠れずきん、そしてヴォータンに捕獲されるときの縄の役目までする。

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こんなものは何もダンサーにやらせる必要は全くない。
ダンサーの女性は美人揃いだから、まさかなにか取引でもあったのかと疑いたくもなる。

まだまだあって、
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巨人の二人、巨人でもなんでも無い・・・ここは多分演出家が苦労するところと思うが、普通の躯体のまま出てきてその代わり影絵のようなもので、実際はこんなに大きいのだということを見せる。

虚構の上に虚構を作るという演出は、小生にはいただけない。

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ギー・カシアスは映像・CGにこだわりすぎて、実演に手抜きをしたのかと推測いてしまうほど、なくても良いものを登場させ、例えばアルベリッヒやローゲの出演場面で、彼らと同じ動作をダンサーにさせるという全く理解しかねることを平気でやってしまう。

こういうのはどうしても目に入ってくるから、非常にジャマであり、演出効果は全くない。
却って楽劇というスタイルを壊しているとさえ思うほどだ。

しかし既存のスタイルを革命的に覆すには全く至らないのがギー・カシアスの限界だろう。
ひょっとして音楽には相当疎いのではなかろうかと疑わしくなってくる。

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巨人の兄弟は神族たちと等身大だが、エルダは15等身ほどの細長い演出をしていて、巨人の兄弟ではしなかったことのお詫びかと思ってしまった。

最近は訳のわからない演出家の手になるものが増えているが、オペラは彼らの実験の場ではない。
音楽の流れと物語の背景にあるものをあまり理解せずに、騎乗でかんがえ、斬新ということを主眼においたような演出は、せっかくの音楽を台無しにしてしまう。

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オケも歌手陣も、なによりバレンボイムの指揮が素晴らしいだけに非常に残念なことだ。
こうなると映像を消し音だけで楽しむしか無いだろう。

歌手陣でとくに素晴らかったのは
巨人ファゾルト役の東洋人ヨン・クワンチェル
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アルベリッヒ、ミーメ、ローゲ、3人の水の精といったところ。
エルダ役のラーション以外のその他の女性陣とヴォータンはやや不調だったように思う。
ヴォータンの声量のなさは、次回のワルキューレが同じ配役だとするとやや不安だ。

「ラインの黄金」ではと言うか「指輪」全体でも、ヴォータンは決して主役ではないが、幕引きの挨拶で、どうでもいいことだがセンター位置にいたのが気にかかった。

演出に対する反応だけを抜き取ることが出来るとすれば、おそらく大ブーイングであろう。
今公演のブラヴォーはバレンボイムとオケ、歌手陣の一部に対するものと受け止めた。

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by noanoa1970 | 2011-12-28 21:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(13)

Commented by 白ネコ at 2011-12-29 06:21 x
確かにバレエは、意味がなく、目障りでしたね。
今観たワルキューレでは、バレエはさすがに出ませんでしたが。
ヴォータンはルネ・パペが降りましたが、昨年バイロイトのドーメンにはかなわず、最後の別れの場は迫力がイマイチでした。
それにしても、FMバイロイトのローエングリン放送が終わってから、TVでスカラのワルキューレでは、朝5時30分過ぎ。
演出はラインより良かったですが、最後のライティングは意義ありです。

Commented by noanoa1970 at 2011-12-29 09:09
白ネコさんこんにちは
コメント有難う御座います。
先ほど録画した一部を見ましたが、ラインの黄金と違って、よさそうな予感がしました。昼から全部見ますが、期待が高まります。「ラインの黄金」では、一部を除き出演者は演技らしい演技をしなかったですが、何か有ったのでしょうか。あのダンサーの使い方は異常です。何かを補うために使ったとしか思えません。出演者の練習不足を仕方なく補完したのでしょうか。「最後のライティング」楽しみにしておきます。
Commented by Abend at 2011-12-30 00:22 x
sawyer様、こんばんは。
『ラインの黄金』は見逃してしまいましたが、『ヴァルキューレ』は見ました。そして、11月に録画したメトのものも見直してみました。
歌手やオケが一定水準を充足させている場合、比較は演出と演技でできますが、本業がCGアーティストのギー・カシアスと、脚本家、舞台美術家、俳優、映画監督であるロベール・ルパーシュとでは、舞台芸術というものに対する対する姿勢が、根本的に違うと思いました。
国際演劇協会日本センターに寄せられたルパージュのメッセージがあります。実に示唆に富んだメッセージで、感動しました。御一読いただければと思います。
http://www.green.dti.ne.jp/~iti/08wtd_message.html
Commented by noanoa1970 at 2011-12-30 09:04
Abend さま、おはようございます。
ご教示ありがとうございました。「演劇によって世界を表現できるか」と言う問への彼なりの回答と読みました。
太古、洞窟の中で物語を演出するための影絵という歴史的方法論の話は理解できますが、時代環境人間の考え方、何もかもが異なる現代、(表現に対する驚き感動といった感性そのものが大きく変化してしまった現代において)単純か複雑かの違いこそあれ、同じような手法を現代に蘇らせて使用した(とくに巨人の登場場面)のがギー・カシアスだともし仮定するのなら、「ラインの黄金」のそれは全く説得力のないものでした。ワルキューレのようにほんの一部、何かを補完する目的があればまだしも、手抜きの代用物的扱いでは観るものは感動させられません。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-30 09:05
続きです
なぜなら影絵の巨人にも舞台上の役者、どちらにも目が固定されなく、集中が途切れてしまったからで、(人によって歌い手の巨人に目がいき影絵は目に入らなかったかも知れません)。リアルな歌い手である巨人が影絵によって分散されてしまいました。エルダは巨人のように大きく長く表現されたから、やれば出来るのに、わざわざ影絵を使用したのは意図があってのことだと思うのですが、空回りだったというのが感想です。ダンサーの多用といい、歌い手の演劇的表現のなさといい、ワルキューレとの演出とひどく異なっていたのは、不測の事態が起き、急遽場を繕ったようにも見えました。影絵の効果は、洞窟のように焚き火の火以外は真っ暗闇で、表現者の姿を消して影絵だけがハイライトされるわけでなく、すぐ前にリアルな役者が存在することを考えると、シナジーのない2重表現以外の何者でもなく、どちらつかずであると言えましょう。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-30 09:05
「ライン」と「ワルキューレ」で相当の演出の差が有るのは、どうしても解せないことで、「ワルキューレ」は完全満足とは言えませんが、相当ましでした。「楽劇」に対する考え方に相当の開き(大きな迷い)があるようで、「ライン」はギー・カシアスの実験の場でしかなかったように感じています。予期せぬ出来事の結果、そうなってしまったというのならまだわかりますが、プロであるからには、それも弁明となってしまいます。「ライン」はそれほど小生にとっては醜いものでした。
Commented by cyubaki3 at 2011-12-30 22:24 x
最近カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団のPHILIPS盤「ワルキューレ」、「ジークフリート」とグラモフォン盤「オランダ人」を入手しましたが、まだ聴いていません。ベームのワーグナーってどうなんでしょうね。
Commented by Abend at 2011-12-31 00:53 x
sawyer様、こんばんは。
『ヴァルキューレ』を見て、カシアスは映像の人なれど、装置や演技の人ではないとうのが、私の感想です。カシアスとルパージュの違いは、ここにあると思います。スカラとメトでは、規模や資金面でかなりの差がありますが、それだけに、スカラの公演ではもっと演技面での演出に力を入れるべきだったと思います。
Commented by noanoa1970 at 2012-01-01 08:33
Abendさま
映像に頼りすぎてしまった感は否めませんね。
ただワルキューレではラインに比較すると、相当マシになっていました。しかしコンセプトが一貫してないのでまだまだ迷いがあるのでしょうね。せっかくCGwo駆使するのなら、もっともっと奇抜で斬新なものが作れると思うのですが、妥協したのかも知れません。
中途半端に終ってしまっています。
Commented by noanoa1970 at 2012-01-01 08:38
cyubaki3 さん
ベーム盤はショルティ盤と配役がダブルところが多く、ショルティ盤の影に隠れてしまった感がありますが、そこはやはりベーム。
ショルティが音響的ダイナミズムがあるのに対し、音楽的ダイナミズムがあると思います。オランダ人はコンヴィチュニー一辺倒ですので、あいにくベーム盤聴いたことがありません。
Commented by cyubaki3 at 2012-01-01 09:30 x
なるほど。私はショルティ盤「指輪」はボックスセットを持っていましたが、ベームのワーグナーを聴くのは初めてなのです。ベームのオペラというとやはりモーツァルト、R.シュトラウスあたりが定盤なのでしょうね。コンヴィチュニーのオランダ人もよさそうですね。
Commented by Abend at 2012-01-01 18:00 x
sawyer様、こんにちは。
今、初詣から帰って来ました。
ベームの『指環』のレコードが発売された時、東京でオールナイト鑑賞会があり、レコ芸にその様子が報道されていたのを憶えています。ベームの歌劇は、『フィガロ』、『トリスタン』、『サロメ』ぐらいしか聴いたことがありません。1977年のVPOとの来日公演は聴きに行きましたが、歌劇も観たかったですね。
『オランダ人』は、カイルベルトのバイロイト・ライヴ盤が私のNo.1で、次がコンヴィチュニー盤です。
メトの『指環』は、3月に『神々の黄昏』ライヴビューイングをやります。京都ではMOVIXで上映されるので、TV放映されるとはいえ、シネコンで観たいという思いもあります。
Commented by noanoa1970 at 2012-01-01 22:13
Abendさまこんばんは
今年もよろしくお願い致します。
ベームの「サロメ」「エレクトラ」は非常に良かったと思います。
小生は何れもLDで拝見しました。ヴァルナイ、リザネク、ストラータスと言った女性歌手が大検討しましたね。
オランダ人、カイルベルト盤は聴いていません。ホルストシュタイン盤はLDでで拝見しました。赤い帆船の幽霊船が不気味です。