MESSA DE MINUIT

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NOELNOELを聴いていたら、何処かで聴いたような音楽が聞こえてきた。
特定することは困難だったが、小生はM・Aシャルパンティエの「真夜中のミサ」を思い描くことになり、早速聴いて見ることにした。

この曲については過去記事でも映画で使われた音楽として取り上げている

真夜中に聴くべきであろうが、思い立った時も聴きどころである。

ノエル、キャロルの宝庫であるようだが、先に聞いた音楽との関連性を見出すことが出来なかった。
こういう作者不詳の伝統音楽の引用は、かなり編曲されているのが普通だから、耳に相当馴染ませないと、引用などを指摘することは困難だ。

しかし雰囲気的にはそんな事を十分伺わせるものである。

いつ聴いてもとても親しみやすいメロディだから好きな人も多いのではないだろうか。

テ・デウムが収録されているNAXOS盤もいいが、最初に聴いたマルティーニ/パイヤール管盤が小生の愛聴盤だ。

オルガンには、レクイエムで有名なあのモーリス・デュリフレが参加している。

小生はかつて大晦日深夜に、智恩寺の読経を除夜の鐘の音と共に聞いたことがあるが、あの時の神聖な気持ちと似たものを、真夜中に聴くと味わうことができるのではと思っている。

今夜実行してみよう。

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by noanoa1970 | 2011-12-25 11:48 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

Commented by Abend at 2011-12-25 23:22 x
sawyer様、こんばんは。
我が家は某大寺院の近くにありますので、毎日の時鐘や除夜の鐘は、自室にいながらにして聴くことができます。
今日は、マショーの『ノートルダム・ミサ』をデラー・コンソートの歌唱で聴いております。キリエからイテ・ミサ・エストまでの通常文に付曲され、ソロでカントゥス・フィルムスが唱えられた後でコーラスに入る形式は、導師に続いて大衆(だいしゅ)が唱和する佛教の読経の形と同じです。
深更のミサや読経の歴史は非常に古いですね。人間にとって真夜中は魔の時であると同時に、神聖な時間帯でもあったと思われます。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-26 13:22
Abendさま、こんにちは
京都に住みたいと常々おもっています。学生時代はほんの少ししか京都を実感しませんでした。鷺森神社の直ぐ側に今は貸している家があるので、何れはそこに住みたいと・・・
>ソロでカントゥス・フィルムスが唱えられた後でコーラスに入る形式は、導師に続いて大衆(だいしゅ)が唱和する佛教の読経の形と同じです。
さすが目の付け所が違いますね。
その昔はお坊さんに続いて民衆が従ってお経を唱えたのでしょう。文字も読めない民衆が多かったようですからそういう方式が普通ではなかったのかと想像します。現在ではそれが読経の形式として引き継がれてきたのではないでしょうか。一体感を作っていく良い方法ですね。深夜のミサや除夜の鐘と読経は、深夜と言うより日付が変わるその日の一番早い時間にだれよりも早くミサを行う、あるいは読経をするという尊崇、宗教心の存在を示すことに意味がるように思います。来るべき新しい日の最初を邪悪な者から守るという意味もあったのでしょう。
Commented by Abend at 2011-12-26 22:16 x
sawyer様、こんばんは。
私の言葉が足りませんでした。佛教でいう大衆は僧団(サンガ)のことです。導師に続いて僧たちが唱和します。佛教の典礼音楽は声明で、天台声明と真言声明が二大楽派です。YouTubeで聴けますので、よろしかったら御耳に入れて下さい。
佛教、特に浄土教の宗派は、近代になってからキリスト教の賛美歌に倣って多くの佛教讃歌を作りました。高校時代に入っていた合唱部は、式典では聖歌隊となりましたので、私もよく歌ったものです。
Commented by noanoa1970 at 2011-12-27 00:19
Abendさまこんばんは
>私の言葉が足りませんでした・・・
いいえそんな事はないですよ。大衆とは修行僧という理解は間違っていたかも知れませんが、所謂一般大衆=民衆という事ではないと理解していました。小生が言いたかったのは今のように寺社が大きくなかった時代というか、僧が職業的な存在になる以前のこと、仏教の教えを説くために、民衆と一体になる手段として唱和という形式があったのではないかということでした。少しむかしフォーク喫茶でリーダー各の人物が、歌詞を先に読むように伝え、それをその場にいる皆がその歌詞をメロディーに載せて歌うというものがありましたが、あれも場の一体感、連帯感を強める効果があったとおもいます。小生は学生サークルの日本音楽Gで間宮 芳生の研究をしていましたから、間宮が取り上げた民謡や声明にはとても興味が有ります。声明か否かはわかりませんが、知恩院で聴いたときには、なかなかその場を離れられなかった思い出があります。2部か3部合唱のような響きがありました。